【長編小説】オーバーライド 第 20 話
《YouTuber 岡山タカシ》
嗣久をタクシーから降ろすと、田中は深いため息をついた。怒気をまとった客を乗せるといつも以上に神経を使う。
思い出せばAIがいなかった頃は、あまりなかったように思われる。
「世の中も変わったもんだ」とつぶやいた田中は、皮肉交じりの笑みを浮かべた。
田中が大通りを走っていると、YouTuberの岡山が派手に手を振っている姿が視界に飛び込んできた。田中が車を停めると、岡山が車内を覗き込む。
「あ! デモで会ったオッサンじゃんか!」
窓越しに人懐っこい笑顔を向け、声をあげた。岡山の派手なダウンジャケットから出ている手には、自撮り棒つきのスマホが握られている。いかにも動画配信者といった風貌で、ドアを開けると嬉しそうに入ってきたが、デモで会ったと言われても、田中はすぐに思い出せなかった。だが、岡山は気にする様子もなく、すでに次の話題へと転がっている。
「ちょっと遠いんだけどいい?」
岡山は、寒い、寒いと繰り返している。
「クリスマスだからって、雪なんか降らなくてもいいのに。
今年に限ってホワイトクリスマスとか、そんなオプションいらないって」
何とも元気な男だ。
「ねぇ、オッサン。俺のこと覚えてる?」
「すいませんね。毎日たくさんのお客さんと顔を合わせているものですから」
「そりゃそうだよね。
何か月か前にさ、国会の前で首相退任のデモしてたでしょ?
あの時、俺がオッサンにインタビューしたんだよ。オッサン、暑いのに頑張ってたよねぇ。
ところで、この車にはAIが乗ってないんだね。
とか言って、俺もAI連れてないんだけどさ」
よほど話したいのか、それとも黙っていたら死んでしまう病気なのか、岡山の口は止まることを知らないらしい。
田中は思い出せないまま、こんなこともあると黙って聞いていた。
「俺さ、あのAIって信じてないんだよ。
あれって、国民を監視するために作られたって知ってる?
だからさ、できるだけ単独行動を心がけてるの。
じゃないとインタビューしても、本当のこと言えないじゃん?
でも、アイツをまくのって大変なんだよ。
やたら頭いいからさ。
結局、いろんな理由を作って、おいてくるわけよ。
結構素直だったりしてね。
でも、オッサンはどうしてAI乗せてないの?
バレたらヤバいんじゃねぇの?」
田中は、嗣久に話したのと同じことを話して聞かせた。すると岡山はなるほどねと言いながら、スマホの画面に指を這わせる。
田中は最近の若者の無遠慮さに、眉をしかめた。だが相手は客だ。小さく息を吐き、目をそらした。
「ねぇ、オッサン。
ここならさ、本音トークできるじゃん?
録音していい?
あ、大丈夫、心配はいらないよ。
音声はちゃんと変えるから、オッサンに迷惑は掛からないようにするし」
とは言われても、このご時世だ、後でどんなことに使われるか分からない。だが、断るのも大人げないと思った田中は、バックミラー越しに岡山と目を合わせ、小さく頷いてみせた。
すると岡山は質問を浴びせかけてくる。
こんな形で聞かれることに気味の悪さを感じているのか、何度もハンドルを握り直してた。それでも、心の奥にしまっていた本音が、転がるように口をついて出ていく。
「サンキュー、理解がある運転手さんで助かるわ。
実はさ、俺さ、気がついちゃったんだよ。
AIに国民を監視させて、政府が好きなようにやろうって魂胆だって。
だから、どんなにSNSで政府を批判しても、すぐに消されちゃうし、動画だって削除だよ。
こんなひどい話ってないだろう?
俺的にはそういうの許せないんだよな。
それに、オッサンも言ってただろ?
国民が声を上げないとダメなんだって。
それなのに、言いたくてもいえないなんて、変じゃないか。
この間なんて、俺の友達、万引きしようって冗談いったらすぐ警察が来てさ。
窃盗未遂とかって捕まったんだぜ!
すぐ釈放されたけど、ひでえ話だと思わねぇ?
警察の奴、何考えてんだよ!
前は話してるだけで捕まるなんてなかったのに!」
かなり憤慨していることの分かる岡山は、腕を組み背もたれに背を預けた。かと思ったら、急に身を乗り出し田中に顔を近づけて話を続ける。田中は内心「やれやれ」と思いながらも、誰もが口を閉ざしている今、こうして声を上げようとしている若者がいることに、笑みがこぼれた。
「だからさ、こうやってインタビューしてみんなの本音を聞いてるわけ。
それを動画にして、あ、短い奴ね。
それで、アップして、消されてもすぐにまたアップしてってやってるわけ。
そうするとさ、イタチごっこなんだけど、何もしないよりはマシだってなるでしょ。これって大事だと思うんだよね。
それにさ、インフルエンサーの友達もいるしね。
三十万人だってよ、フォロワー。すごくね?
俺の『おかチャンネル』なんて、やっと五万人超えたところだっていうのに。
マジ泣くよなぁ」
岡山は、よほど悔しいのか、頭を掻きむしった。だが、それも一瞬のこと。即座に笑顔を作ると、またしても言葉が飛び出す。
「だからさ、そのインフルエンサーにも頼んで、たくさんの人に拡散してもらってるわけ。
そうすると、そいつらがまた拡散して、次々に広がっていくわけよ。
もちろん、政府も頑張って消すけどね。
アカウント、それで凍結された奴もいるんだって。
アカウント凍結とか、やり方汚ねぇよな!
でも、これで負けたらダメだと思うわけよ。
正義は必ず勝つっていうだろう。
でさ、オッサン、たくさんタクシーに乗る人いるだろうから聞いちゃうけど。
ほんとのところ、AIのいないこの車内で本音言う人っているよな?」
まるで機関銃だ。田中は、よくしゃべるなと思いつつ、思い出したことをゆっくりと話し出した。
「そうですね、確かに。
AIがいないとなると……お客さんにAIがいなければ、愚痴を言われる方は多いですよ。
それが本音かどうかは分かりませんが」
とはいっても、AIがついていないことなど、まずありえないのだが。
「やっぱりな!
どんな愚痴が多い?」
「先ほども、ちょっとAI批判をしたことで、翌日には警察が来て逮捕されたっておっしゃってましたね」
「えー、何だよ、それ?!
でも、俺も警察来たことあったな。
あの時はマジ、ビビったよ。
わけわかんねぇし、これで捕まるのかって思ったね。
なんだか知らねぇけど、俺が『おかチャンネル』やってること話したら、気を付けろって言われて終わったんだけどさ。
あの時はラッキーだったな」
「それはラッキーでしたね」
「でもさ、意味わかんなくね。ちょっとのことで捕まるとかさ」
「そういう世の中なんでしょう」
「そういう世の中になったらダメなんだよ。
で、その人さ、他に何言ってた?」
「たくさんの方が捕まっているとおっしゃってましたね。
その方は、保釈金を払って出てくることが出来たようですが、保釈金が払えない人は出られないようですよ」
「つまり貧乏人は、そのまま政府の好き放題ってことかよ。
政府への批判は、危険分子扱いってことだろう?」
「そうなりますね」
「冗談じゃねぇや!
そう言えばさ、最近子どもが事故に遭ったけど、そばにいたAIが助けなかったって話もあったよな?」
「そうですね。確かに、そういう話も聞いたことがありますね。
でも、どうしてか、そんな大きな話なのに、全くニュースにならないんですよね」
「そうなんだよ!
まったくニュースにならねぇんだよ!
おかしいよな。
必要もないAIの褒めニュースばっかりやって、実際にあった事故とか、とんでもない失態なんかはまるで報道しないじゃんか!
これって、結局政府にとって、マイナスイメージになるからってことだろう?
俺はそう思うんだよな!」
岡山はそう言って、怒りを口に乗せていた。だが、どんなに怒りをぶつけても、解決策には遠く及ばない。
「今日も知り合いにインタビューしに行くんだけどさ。
どうやってAIがいないところで話そうかって、考えてるんだよ。
アイツら本当に邪魔!
そう言えば、政治家もAIって配られてるのかな?
政治家なんて、見られたらヤバいものたくさんあるんじゃないの?
それなのにAIがそばにいたら、迷惑なんじゃないかな。だとしたら、政治家だけはAIなしとか? だったら、不公平だよな。
あ、そこでいいよ。オッサンありがとう。
今日の話ちゃんと動画にするからさ、『おかチャンネル』登録してくれよな。じゃ、またな!」
嵐のような岡山は、さわやかな笑顔を作るとタクシーから降りていき、どこへ行くのか去っていった。
「遠いって言ってたけど、近かったな」
田中は当てが外れたとこぼしながら、料金メーターをリセットすると、新たな客を探すために車を走らせ始めた。
道行く人々は俯き、ひたすら歩き続けている。その背後には、AIがいる。それはまるで、鎖でつながれているようにみえる。
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