【短篇小説】ひも
私が高校の頃、両親が離婚した。
まともに働きもせずに、母に暴力を振るう男で、お酒を飲むと見境がなかった。
そんな父を到底好きにはなれなかった。
だから、離婚と聞いても文句はなかった。どっちと一緒に暮らすかと聞かれた時は、考えるまでもなく母だった。
私たちに、散々毒づきながら、家を出て行った父。それ以来、会っていない。
このまま一生、あの人に会うことはないだろう。
そう思っていたのに、運命というやつは、時として大きないたずらをするらしい。
あれは、私が結婚してしばらく経った頃のことだ。
母が病気になり、入院を繰り返していた。
そのため、家に一人だった私のところに、父がやってきたのだ。
父は勝手に上がり込むと、テーブルの前に座り込んだ。
その恰好は、ヨレヨレで擦り切れたズボンが、彼そのもののように見える。
「腹が減ってるんだ。なにか食わせてくれ」
追い出したかったが、あまりの様相にそれが出来ず、ありあわせのものを出してやった。
すると、がつがつとうえた野獣のように食らっていた。
そんな父を見ている私は、こみあげる吐き気を耐えている。
「はぁ、やっと人心地ついた。おい、酒はないのか?」
なにを言っているのか、酒など出すわけがない。
万が一飲ませたら、どうなるかは分かり切っているのだから。
「帰って……」
震えながらそう言った私は、父を睨みつけた。
すると父は腐った魚のような目で私を見る。
全身に鳥肌が立ち、強い不快感に襲われた。
「なんだよ、せっかく来てやったのに」
何様のつもりだろう。
「おい、母さんはどこにいるんだ?」
事情を説明すると、大きなため息を吐かれた。
ため息をつきたいのはこっちだというのに、そのため息すら恐怖で出てこないじゃないか。
「なんだよ、病気なのか。いい気なもんだな」
どういうことだろう。
「俺は誰も頼るヤツがなくて、大変な思いをしてるっていうのに。
あいつはお前に面倒を見てもらえるってか?」
苦い顔の裏には、羨ましさが滲んでいる。
「なぁ、俺はお前の父親なんだ。俺の面倒を見てくれよ」
当然だというように、ゴロンと横になった父は、もう絶対に動かないと決めたらしい。
私の脳裏に浮かんでくるのは、かつての苦しかった日々だ。
こんな男に、親だからと居座られてはたまらない。
一分だって、同じ部屋の空気を吸いたくないというのに。
拳を握り、追い出そうと思うが、ヨレヨレの男でも相手は男だ。
力では勝てない。
憎しみが湧き、母の苦悩する顔が浮かんでくる。
母を助けるためには――。
私の視界に、ビニールのひもが映った。
※かめママブログ書庫入り口👇
※小説入り口👇
