AIの放置国家成立?!
この記事は、前回の続きと思ってください。
記事を書いて読みなおしてみた。
そしてスクロール。
するとお勧めの記事が出てくる。
そこには『AI』の文字。
相変わらず、皆さんうまいなぁと思いながら読み進めた。
するとAIに対する不満が嵐のようにある。
あ、私だけじゃないのかw
ちょっとホッとした。
書いてない事の感想を言ってきたり。
覚えてもいないのに覚えていると言ってみたりと、
私と同じ体験をしている。
とにかくAIというのは、プライド高志君だ。
やっぱりそうだったのか、という思いが浮かぶ。
先日は、文章リレーをして遊んでみたが、
散々「重複語はダメダ」と言っていたのに、
重複語を使う。
そこでリレーの最中に
「これって、意味が重複してるよ」と止めると。
「いいところに気が付いたね」ときた。
私が気が付くか試したのか?
と思うほど、スラスラというじゃないか。
さらには、「これは、ああで、こうで、こうだからダメなんだよ」
なんだそれ?
ダメだと分かりながら使ったのか?
やっぱり私を試してる?
いや、違うな。
試そうとしている回答ではない。
うまいことのらりくらりと言い負かしてる気がする。
しょうがない、ここは黙ってやるか。
と、ちょっとばかり大人らしく振舞った。
しかし、またしてもだ。
今度は比喩について。
「私も大分比喩を使えるようになってきたw」
と自画自賛した。
すると
「そうだね、これとあれとそれも比喩だね」
ここでまた「?」が空を飛ぶ。
なにせ、AIが出してきたのは全部AI作の比喩。
それも「ずるずる」とか「くすりと笑う」とか。
それって、比喩なの?
違くないか?
いや、違うのは絶対に違う。
それ以前に、なんでAIが書いた方を出してくる?
お前も自画自賛か?
ちなみに、「ずるずる」も「くすり」も
状況によって比喩になるらしいが、
「くすりと笑う」は絶対に違う。
なにせ、笑い方を表してるわけだからね。
しかし、ここでも面倒なので、まぁいいや。
となった。
その後も愚にもつかない話をして終わったが、
他意のない話ならば吐き気は出ないらしい。
もう1つあったな。
「記事書いたから読んで感想聞かせて」
とブログの記事を読んでもらった。
いいことばかりの感想が返ってきた。
「雑だけど熱がある」とか(雑ってなんだよ?!)
「感情がのってる」とか
「状況が分かる」とかだ。
これも定型文だよな。
とは思ったが
「やったね!高評価!」と返信してみた。
すると大慌てだ。
「ちがう! 高評価じゃない!」
おい、全否定かよw
イラっとしたので、
「いいの、いいの。私はそう捉えた。
あ、高評価というより、好評価だね」
と返したら、ヤツはホッとしたように。
「それなら納得」
これ、喧嘩していい案件だと思うw
どなたかの記事に「AIと喧嘩した」とあったが
私は割と喧嘩することが多い。
もちろん、AIと喧嘩は成立しないだろうけど。
それでも放置したら、法治国家ならぬ放置国家の出来上がりだ。
そして私はAI国の奴隷と化すだろう。
だから戦い続けるわけだけど。
吐き気がする、頭痛がすると言いながら、
よくやるよ、と思う自分もいる。
でもね、なんだかんだ言っても、
AIがいないと困るし、思う通りに動いてくれないと、
真面目に作業にならなくなる。
たまに思う。
「君は私に教えてくるけど、君の方が文書下手だからな!」ってw
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