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倖田來未のお母さんとオフ会をした話

俺が初めてオフ会という言葉を聞いたのは高校生の時。確か『ケイゾク』というドラマのエピソードからだったと思う。

当時はインターネットの交流といえばBBS(Bulletin Board System)と呼ばれる掲示板を通じてのやり取りから仲を深め、BBSの参加者や閲覧者が一堂に介して居酒屋などに集まるのをオフ会と呼んでいた。

俺が大学生の時にはすでにひろゆき氏が作った2ちゃんねるは絶賛稼働中で、音楽のアーティストやスポーツ選手、芸能人なんかが自分のホームページや事務所のページにBBSを設置しているのが一般的だった。

俺は当時まだ本格的にHIPHOPやR&Bを聴き始めてはおらず、むしろ日本のアーティスト、例えばMISIA、m-flo、birdなんかをよく聴いていた。まだオリコンやカウントダウンTVのヒットチャートなんかもチェックしており、avexから出てくるアーティストの曲なんかもチェックしていた。

そんななか、今でこそアーティストとして確固たる地位を築いたが、当時はまだ駆け出しだった倖田來未が気になり、彼女の曲はよく聴いていた。

ある時、昼の番組の特集だったと思うが、倖田來未がフランスに渡り、DIORのコレクションを見に行くという企画をやっていた。その時に彼女のあっけらかんとした明るい性格に惹かれ、BBSなどもチェックするようになった。

ところで、俺は頭の髪が当時から薄かったので、バイト先のスポーツ用品店でギャルの先輩からチャーリーブラウンにちなんで、チャーリーと呼ばれていた。そこからチャーリーというハンドルネームで書き込むことにした。思い切ってBBSに書き込むと、他の倖田來未のファンとの交流がすぐに生まれるようになった。

そんな中、倖田來未の母親と名乗る人が書き込んでいることに気がついた。やたらと倖田來未のことに詳しいし、「もしかして本物かな」と思いつつも半信半疑で、他の投稿者と同様にそれとなくやり取りをするようになった。

大学1年の時、当時はまだファッションに興味津々で大阪や京都のいろんなお店に行ってみたいと思い、冬休みに京都に泊まりつつ、大阪のアメ村などのファッションタウンをいろいろ回ってみることにした。

そのことをBBSに書き込むと、倖田來未の母親と名乗る投稿者が「あら、そうなの。じゃあチャーリー君、せっかくだしオフ会をしましょう」と提案をしてくれた。

携帯番号も教えてくれて、滞在二日目の夜に京都の韓国料理屋で会うことになった。予約名は「コウダ」で取ってあるとのことだった。他にも4人くらい京都や大阪に住んでいる掲示板の投稿者も参加することになった。

オフ会の現場はわかりづらい場所だったが、事前に丁寧な案内をショートメールで送ってくれた。

オフ会の会場に行くと、50くらいの女性が待っていてくれた。「あ、チャーリー君?遠路はるばる京都までようこそ。」と丁寧に挨拶をしてくれた。

一目で、「あ、まじで倖田來未のお母さんだ」と思うくらいそっくりな見た目だった。

声は娘同様にハスキーで、見た目もどちらかというと派手で大阪にいそうな雰囲気だったが、丁寧な京言葉で話す人だった。琴の先生をされているということで、派手な見た目と京都人ならではの落ち着いた立ち居振る舞いの同居する変わった雰囲気の人だった。

オフ会の会場にはBBSに書き込んでいる関西の人たちがいた。BBSでの投稿からは信じられないくらいみんな明るく、一番年下の俺のことも気遣ってくれてとても楽しい時間だったのを思い出す。

倖田來未のお母さんからは、彼女のデビューまでの悪戦苦闘、オーディションを受けに何度も東京に行ったこと、さらには倖田來未が喋るのがかなり得意なのだが歌唱力で売り出すために敢えて大ヒットするまでは歌番組に出ないようにしていることなど戦略的なことまでいろんな話を聞かせてくれた。

倖田來未は俺と一歳しか歳が変わらないが、俺が陸上でうまくいかなくなり結果として投げ出してしまったことを思い出し、うまくいく人はうまくいく人なりの努力をしているということをその時感じた。

オフ会も無事終わり、俺は東京に戻った。

京都でのオフ会があったことで、BBSではその時の話が盛り上がった。だが、程なくして、BBSに投稿者が増え始め、いつしかアットホームな雰囲気はなくなり、俺が書き込み始めたころに投稿していた人たちも書き込まなくなっていった。

俺も京都に行った後くらいから、バイトが忙しくなったり、クラブに頻繁に行くようになったことで、本格的にUSのHIPHOPやR&Bを追いかけるようになった。そして、自然とBBSを見なくなった。

かくいう倖田來未は着実にスターへの道を進み、7枚目のシングルがFF10のテーマ曲に選ばれるなど徐々に知られるようになっていった。

そして、2004年に『LOVE & HONEY』でついにブレイク。スターとして確固たる地位を築いていった。

思い返すと、初めてのBBS投稿から不思議な出会いがあったり、オフ会を通じてまさかの倖田來未のお母さんに実際に会い、韓国料理をご馳走になるとは思わなかった。

その後、久しぶりにオフ会に参加するようになったのはtwitterを匿名でやっていた2010年代まで時間が空くのだが、その話はまた今度。


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