人生のステージに立つ~評価の残骸を越えて~
皆さん、こんにちは。# 人生のステージに立つ ―― 評価の残骸を越えて
#創作大賞2026 #エッセイ部門
仕事に推し活、子育てに介護。日々何かに翻弄されている私ですが、その根底にはいつも音楽がありました。幼少期からピアノを習い、歌を愛し、青春時代にはバンドに明け暮れる。普段は「推し」を追いかける側の私ですが、今回は「ステージに立つ側」として、あの独特な高揚感と恐怖についてお話ししたいと思います。
私が初めてステージに立ったのは、4歳の時のピアノ発表会でした。曲名は忘れましたが、市民会館の大きな舞台、着慣れないドレス、そして家族以外の観客が放つ独特の重圧。そこで私は、初めて「ステージという魔物」に出会いました。 練習不足への不安、張り詰めた緊張感。上手く弾けた年もあれば、指が止まり、頭が真っ白になった年もあります。それでも毎年舞台に立ち続けたのは、それが学校のテストと同じように、自分を律するための通過儀礼だったからかもしれません。 しかし、中学生になったある日、ふと疑問が湧きました。「私は何のために弾いているのか? 上手くなるため? 誰かに褒められるため?」……答えは違いました。ただ、音楽が好きだから。その純粋な気持ちに気づいた時、私は一度ピアノを辞め、部活動という別の居場所を選びました。 歌のコンテストでも、魔物は牙を剥きました。小学4年生の時、著名な作曲家が並ぶ審査員席を前に、極度の緊張から2番の歌詞を丸ごと飛ばしてしまったのです。どれだけ練習を重ねても、ステージには抗えない何かが潜んでいる。そう痛感した出来事でした。
転機が訪れたのは、大学時代です。アルバイト先として選んだのは、ライブステージのあるバーでした。そこは、音楽を心から愛する大人たちが集う聖域。イケおじマスターが率いるバンドの演奏に聞き惚れ、若いミュージシャンたちと語り合う日々。二十歳そこそこの私にとって、彼らが奏でる「楽しむための音楽」は、何物にも代えがたい刺激でした。 社会人になり、縁あってバンドを組み、ライブハウスのステージに立つようになった頃、不思議な変化が起きました。あんなに恐ろしかった「魔物」が、どこにもいなかったのです。 それは年齢のせいか、経験のせいか。いいえ、一番の理由は「自己肯定感」の変化でした。 「何のためのステージか」という問いに対し、私はようやく答えを見つけました。今、私は「自分の人生」というステージに立っている。誰かに評価されるためではなく、自分自身が何を得たいのか。そのマインドこそが、魔物を消し去る鍵だったのです。 自信のなさや練習不足を恐れるのではなく、ただ音楽を楽しんでいるという自負を持つこと。そして、他人の評価なんて、そこにあるだけのただの「残骸」でしかないということ。 そう笑い飛ばせる強さをくれたのは、あのライブバーで背中を見せてくれた大人たちだったのかもしれません。
もし今、かつての私のように『誰かの目』という魔物に怯えている人がいたら、伝えたい。ステージを降りた後に残る評価は、ただの残骸に過ぎない。大切なのは、その舞台であなたがどれだけ自分の心と響き合えたか、それだけなのだと。
