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『WEAPONS/ウェポンズ』はルールを破っても“今年”のベストに入れたい!【レビュー】

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『ウェポンズ』は、近年のアメリカン・ホラー、あるいはアメリカのジャンル映画に対する不信を久しぶりに吹き飛ばしてくれた作品だった。
昨年度公開作品なので本来なら年間ランキングの対象から外すべき作品かもしれない。
だが、公開時に近くで観る機会がなく、今年になってようやく出会ったこの映画が、あまりにも強烈だった。
ルールを守って除外することの方が、自分の映画体験に対して不誠実に思えるので、今年度のランキングに加える事にする。

この映画に心底感動した理由は、テーマが優れているからだけではない。むしろ、タイトルがすべてである。
『ウェポンズ』は、人間が武器になる映画である。
子どもたちまでもが、誰かを傷つける武器へ変わっていく映画である。


近年のアメリカ映画界には、ジャンル映画でなければ企画が通りにくいという問題がある。
ホラー、スリラー、SF、ヒーロー映画といった器を借りて、作家性や社会性を押し出す作品は多い。
もちろん、それが悪いわけではない。
『イット・フォローズ』や『ヘレディタリー/継承』のような優れた作品もあった。
『罪人たち』のように、ジャンルの型を借りて作家性、歴史性、文化性を押し出す映画も悪くない。

しかし、A24やNEON配給のインディ系ホラーには、前評判やブランド性に対して肩透かしを食らうことも多かった。
映画としての基礎体力、つまり恐怖を時間と空間の中で持続させる力が足りないことがある。

『ウェポンズ』はそこが違う。
この映画は、ホラーの型を借りて別のことを語っているのではない。
ホラーそのものを更新しようとしている。
そこには、ジャンル映画としての野心と、観客の感覚を本気で傷つけようとする暴力衝動がある。


『ウェポンズ』の演出は的確である。
恐怖を断絶させない。雑な切り返しで観客を驚かせるのではなく、適切な時間、適切な空間、適切な距離でショットを持続させる。
近年のインディ系ホラーに失望する時、多くの場合まずここができていない。
テーマ以前に、映画の文法が弱い。
雰囲気や設定だけでは恐怖は持続しないが、『ウェポンズ』には、その基礎がある。

映画全体のルックも非常にかっこいい。
現実的な空間でありながら、そこに少しずつ悪夢の質感が混ざっていく。
特に、屋根の上に透き通る巨大なマシンガンが浮かんでいるショットを観た時、「これだ」と思った。
これが観たかったのだ。

ジャンル性と荒唐無稽はとバカバカしさと不穏さ。
笑ってしまうほど無茶苦茶なのに、同時に本気で怖い。
近年のアメリカン・ホラーに足りなかったのは、こういうイメージの力だ。
テーマでも説明でもなく、まず映画としてこちらの眼を殴りつけてくる画。


『ウェポンズ』を観ていて強く感じたのは、黒沢清的なるものが、ついにアメリカ映画の中で本質的に実現されたのではないか、ということだった。
まず想起されるのは『CURE』である。
『CURE』では、間宮が普通の人間を催眠のようなものによって殺人鬼へ変えてしまう。
恐怖の主体は、殺人者本人なのか、間宮なのか、もともとその人間の中にあったものなのか、曖昧になっていく。
『ウェポンズ』のグラディスにも同じ怖さがある。
人間を操り、人間を自分の意志の延長として使う。
まさに人間が「ウェポンズ」になる。
一方で、『回路』的な恐怖もある。
人が淡々といなくなっていく恐怖。
子どもたちが夜の中へ走り去り、町に不在だけが残る。
その空洞感には、『回路』の終末感が濃く滲んでいる。

その終末感は、ジョージ・A・ロメロの系譜にもある。
ロメロのゾンビ映画の怖さは、ゾンビそのもの以上に、社会がもう持たないことにある。
世界は一瞬で爆発するのではなく、家、ショッピングモール、軍事施設といった人間社会の拠点が少しずつ機能しなくなっていく。
黒沢清はその感覚を、より静かで抽象的な恐怖へ変換した。人間が世界から淡々と消え、空間だけが残る。


『ウェポンズ』は、その流れを現代アメリカの郊外ホラーとして受け継いでいる。
終末は爆発や災害としてではなく、子どもの不在として訪れる。

結末も素晴らしい。
グラディスは倒される。
子どもたちは戻ってくる。物語上の脅威は排除される。
だが、何も良くなっていない。

色々あったがすべて丸く収まって、日常へ戻る映画ではない。
一度亀裂の入った日常は、もう戻らない。
事件は終わる。
しかし、世界の終わりは取り消されない。
この不可逆的な感触にこそ、『ウェポンズ』の凄みがある。

『ウェポンズ』は、単に怖い映画ではない。
ホラーというジャンルそのものをもう一度凶暴に作動させようとする映画である。
人間が武器になる。子どもたちさえ武器になる。
だから、タイトルがすべてなのだ。

『ウェポンズ』という題名は、比喩ではない。
この映画に映っているもののすべてが、何かを傷つける武器へ変わっていく。
ザック・クレッガーは、この映画で新たな才能の誕生を決定づけた。
そして自分は、その不可逆的な世界の終わりに、心底感動した。


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