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【開封】思い出せ、自分が中学生だった時を

中2の秋、タイムカプセルを埋めた。

一言にタイムカプセルと言っても、仲間内数人で盛り上がってグラウンドの隅に埋めるような、そんな思いつきでやってしまう類のタイムカプセルではない。

中学校の創立五十周年記念式典の一環として、あくまで学校主体で行った大掛かりなタイムカプセルだ。

当時の生徒は全員「20年後の自分へ」という作文を書かされ、集められ、そして埋められた。

私はちょうどその年、中学2年生だった。
2年生の生徒の一人として、そのセレモニーに参加した。とても素敵である。青春だった。



問題は、それを掘り返す時のことを
誰も考えていなかった、ということである。



あんなに大々的なセレモニーを学校主体で行ったくせに、なんとそのタイムカプセルをいつだれがどうやって掘り起こすのかを、誰も考えていなかった。いや、正しくは学校側で何も引き継がれていなかった。無責任もいいところである。

私の中学校は私立ではない。なので先生たちはどんどん異動し、毎年新しい先生が赴任する。それを繰り返しているうちに、タイムカプセルについて覚えている先生は誰一人いなくなった。

それに気づいたのは、20年後、
大人になった生徒たちだ。

タイムカプセルを埋めたのは1998年、いまから27年前。本来タイムカプセルを開けるのは、20年後の2018年のはずだった。

しかし、待てど暮らせど「タイムカプセルを開けましょう!」のお声がかからない。

おかしいなと思った生徒の誰かがどうやら学校に問い合わせ、その無責任さに気づき、時間をかけていろんな人に相談し、こうなったら自分たちで掘り起こそう、となったらしい。

私のところにその情報がまわってきたのは、
去年の冬ごろだった。

「あのタイムカプセル、掘り起こすらしいよ。」

いつも通り帰省した友人夫婦を囲んで、みんなで思い出話をしながらごはんを食べていた時だった。

その時まで27年間、タイムカプセルのことなんかすっかり忘れていた。そういえば埋めたよね〜、とみんなで盛り上がった。

聞けば、各学年に幹事さんがいてなるべく多くの人が集まれる日を決めて、夏ごろに有志で掘り起こすらしい。

誰も掘り起こす時のことを考えていなかったという事実には驚いたけど、学校なんていう真面目な公務員の集まりでさえそんなんだもん、社会って意外と信用できないな、なんて思ったりした。

「学年のグループLINEも出来てるよ。入る?」

便利な時代だ。情報の共有から日時決定のアンケートまで、全てLINEで済む。私の学年の幹事さんも他の学年や学校側とも連絡を取り合い、掘り起こすために奮闘してくれているらしい。

正直自分が何を書いたのかは覚えていない。
手紙だったか、作文だったか。
他にも何か埋めたのだろうか?

でも、興味はあった。
中学2年生と言えば、現在不登校真っ最中のうちの双子と同じ年齢だ。

今の我が子と同じ中学2年生の私は、何を考えていたのか。「20年後の自分へ」、私は一体何を書き残したいと思ったのか。

私はグループLINE苦手症を好奇心で乗り越え、珍しく学年LINEに参加した。そして、親友と一緒にタイムカプセルの掘り起こしに参加することに決めた。


8月12日。
掘り起こす日は、帰省してくる人も参加しやすいからと、お盆休みの真っ只中のこの日に決まった。

私は前日から緊張していた。

なにせ私は人見知りだ。
真の人見知りは、初めて会う人よりも、久しぶりに会うちょっとしか仲良くない人が一番緊張する。だって何を話していいかわかんない。

そして何より、卒業以来久しぶりに合う同級生に「あの人だれだっけ?」とは思われたくない。「おばさんになったなー!」とも思われたくない。

いっそのこと、マスクで行こうかギリギリまで悩んだが、私だとバレた後が2倍恥ずかしいので、結局マスクはせずに家を出た。41歳、ここ一番の勇気を振り絞った。


集合時間は午前10時。
中学校内の並木道。

少し遅れて到着すると、
もう人だかりが出来ていた。

すぐ横の駐車場に車を停め、緊張しながら運転席から降りる。早く安心したくて親友の姿を探す。みつけた親友の横に、数名の懐かしい顔。

「久しぶりじゃん!」
「変わらないね~!」

同級生は全員誰かすぐにわかった。
懐かしいみんなと挨拶を交わす。

その横では、たくさんの人がスコップを片手に地面を掘り始めている。

「中学校久しぶりに来た。懐かしい。」

遠方に住む同級生が目を細めながら校舎を見ている。

正直、私は懐かしくもなんともない。なぜならうちの双子も現在この中学校に通っているからだ。この一学期、何度この並木道の横にある駐車場まで不登校の彼女らを送り迎えしたか。車で連れてきたが腹痛で降りられず、そのまま後部座席に乗せて帰ったことも何度もある。友達が教室から迎えに来てくれたのに、車から降りられなかった日もある。

そんな苦い日常のすぐ横に、タイムカプセルは埋まっていた。

いつも横目に見ていた小さな石碑が、自分たちが埋めたタイムカプセルの目印だったのだと、その日、初めて知った。

私たちの学年は8人来ていた。一つ上の学年も8人。言い出しっぺの一つ下の学年は27人も集まっていた。

上下の学年は正直誰が誰だかわからない。とにかくたくさんのおじさんとおばさんが、わらわら集まっている。

そんな光景にやっと私もワクワクしてきた。

人生において、タイムカプセルを開けるなんていうイベントは、そうそうあることではない。これから新しいタイムカプセルを埋めないかぎり、二度と私の人生には起こりえないイベントだろう。

久しぶりに会う面々と「仕事の調子はどう?」「子どもは何歳になったの?」などど話しながら1時間。

「なんか出てきた!」と掘り出しチームが声をあげる。

なんだなんだと、みんなでのぞき込む。

大きなグレーのかたまりが見える。

掘り出しチームのおじさんたち(年下)が掘り出した物を地面まで持ち上げる。

出てきたのはまさに「カプセル」という名にふさわしい、大きなかたまりだった。

まわりの土を丁寧に払い、固定されているボルトを丁寧に開ける。

その横で「なんか臭いかも」という声が聞こえる。27年、そうだよな。中身が腐敗しててもおかしくないよな。

ボルトを全てはずし、いよいよタイムカプセルオープンまでカウントダウンが始まる。

「5・4・3・2・1、オープン!!」

わぁー!という歓声とともに27年ぶり開けられたカプセルの中には、黒い密閉袋に入った薄い板状のものが何枚も入っていた。

長い間土の中で過ごすタイムカプセルに、虫や微生物が入らないように、みんなで書いた作文が腐敗しないように、中身は全て当時の先生たちの手で専用の密閉袋にきちんと収められていた。

「思ったより、ちゃんとしてるな。」

誰かがつぶやく。

私もそう思った。
でも、こんなにちゃんと埋めたのなら、なんでそのあとの手筈を整えなかったかな…、という気持ちがより一層湧いてくる。

みんなでブルーシートの上に一つ一つ並べ、代表者がそれを開けていく。

中身は、クラスごとの作文をファイルにまとめたものと、そのクラスの思い出のアルバム、そしてメッセージを寄せ書きした旗だった。

私のクラスのものもあった。

アルバムを開く。
そこには懐かしい顔、懐かしい教室、懐かしい思い出。

自分の写真もあった。

そして愕然とした。

いやぁ、よくこんなビジュで学校行ってたな…、というひどいルックス。荒れた肌に真ん中分けの前髪、うしろは二つ結び、派手な柄物のコートに、内股の姿勢の満面の笑みのピース女子。控え目に言ってひどくブサイク。がっかりしちゃう。

そして作文のファイルもまわってきた。

「自分の作文は取って持ち帰ってね~!」

というので、自分の作文を探す。

見つけた。

まず一行読んで、


折りたたんだ。

最後まで読む勇気を持てるまで、しばらくかかった。何せ、題名からして字が汚すぎた。

でも、何とか自分を奮い立たせて最後まで読んだ。

ひどかった。

まず、字が汚い。
途中で度々読めないくらい汚い。

当時流行っていた女子高生文字を書きたかったのか。ただただ汚い字の羅列。

そして、作文用紙の使い方。
なんのルールも守られてない。あえてルールを無視して書いたのだと思う。結果ぐちゃぐちゃで読みにくい。

最後に中身。
「20年後の自分へ」だと思ってたけど、20年後なら誰に書いても良かったらしい。私は当時仲の良かった友人一人一人にメッセージを書いていた。

しかしその中身のないことと言ったら!
読んでいて「は?」とつぶやいた程だ。

シンプルに当時の私の頭の悪さが露呈している。メッセージというよりは、友達の感想。○○って、□□だよね~♡っていうだけ。それの繰り返し。メッセージなのにメッセージ性がない。「20年後」という唯一の縛りも関係なし。思いついた事を書いているだけ。過去の自分が残念すぎる。

そして、そんな少ない情報からも感じ取れる、思春期ならではの強い自己顕示欲と、私はみんな違うんだという勘違いと傲慢さ。自己満足の極み。でもそれは今の自分にも通ずるものがあるのかもしれない。だからこそ。だからこそ…


イタイ。


イタイ女子、ってこういうやつのことを言うんだろうな。そしてそのイタイ女子は何を隠そう私だ。

勇気を出して最後まで読んだが耐えきれず、もう二度と読まないと心に決めて、そっとかばんにしまった。


タイムカプセルを開け、
中2当時の自分と対面し、
気づいたことがある。

うちの双子も、現在中2。
学校には行けていない。

でも、

うちの双子、もしかして、
結構ちゃんとしてるんじゃないか?

少なくとも、当時の私よりは。
間違いなく。

高校生の長女はもちろんだが、不登校の次女と三女でさえ、もっとちゃんとした作文が書けるだろう。そして、今自分がすべき事を中学生ながらにある程度理解しているように見える。

双子は学校に行けてない。
でもちゃんと考えてるし、少しずつ行動にうつしていることを私は知っている。

中2の私は何もわかってなかったし、何も考えてなかった。それが27年間土の中で熟成の時を迎え、何も変わらないありのままの姿で、今私の目の前にさらされた。

私のイメージでは、中学生の私はもっとちゃんとしていたと思っていた。勉強をし、恋をし、青春を謳歌していた。

しかし、思い出はキレイなものだけ残るとはホントその通りで、私は都合の悪いことを忘れ、程よい部分だけキレイに記憶に残した。

そして、高校生になる長女や現在中2の双子には、私はいつも「ちゃんとしろ」と怒っている。

どんな顔して
どの口が言ってるんだか。

確かに今の私はそれなりにちゃんとして見えるかもしれないが、若い頃の私はソフトもハードも全然ちゃんとしていなかった事を思い出した。

それでも、今こうして大人になった。
たくさんの必要な苦労をして、
たくさんの人に迷惑をかけて。

そして今は、忙しいながらも家族に囲まれ、仕事に恵まれて、幸せな毎日を過ごしている。

それなら、

きっとウチの子たちは、
大丈夫かもしれない


私でさえ自立出来たのだから。
私でさえ大人になれたのだから。

私よりちゃんとしてるこの子たちなら、
きっと大丈夫かもしれないと、思った。

これからたくさんの必要な苦労をして。
たくさんの人に迷惑をかけて。
そうしてみんな大人になるのだ。

あなたたちなら大丈夫。
少なくとも、あの頃の私に比べたら。

なので、それを私は娘たちに伝えた。

ママの中2、ひどかったわ。
それに比べてあなたたち、しっかりしてるわ。と。

娘たちは「ママの作文読みたい!」と口々に言っていたが、冗談じゃないよと思い、もう二度と人目につかないように、私は実家の薪ストーブで静かに黒歴史を燃やした。


今、目の前の自分の子を見てため息をついてる、親御さんがいたら。

我が子の将来を憂い、悩んでいる親御さんがいたら。

大丈夫。

思い出してみて。
あなたがお子さんくらいの時を。

そんなにちゃんとしてなかったかもよ?

大人になった私たちはそれを忘れてしまっていたけど、もう一度思い出して、我が子の今の頑張りを認めてあげようではありませんか。

大丈夫。きっとちゃんと大人になれる。
私たちが大人になれたのだから。

明日も私が、そう思えてますように。



まだ夏休みが終わってない地域がほとんどかと思います。

みなさんの夏休みの宿題が終わりますように!最終日に我が子に激怒する親御さんが、一人でも減りますように笑。

最後に、宿題終わらせるアドバイスだけ貼り付けときます。


みなさん、夏休み、最後まで楽しんで!!


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