⭕️で、終わる…マルハラではなくマルパラ(マルパラダイス)
2、3年くらい前だったろうか、「マルハラ」という言葉を知って愕然とした。
何かのハラスメントだろうとは思ったけれど、それは、句読点の「。」のマルのハラスメントだそうだ。
なんと私が常日頃からかならず行なっている嫌がらせということになる。
私はLINEでも手紙でも、なんなら走り書きのメモですら、かならず文章に句読点を入れるからだ。
びっくりした。
これが他人様にすごい圧をかけてしまっているらしい。
思いあたることがあった。
かなり前に、お嬢に「かあさんの LINEの「。」こわいねん...怒ってるみたい」と言われたことがある。
そういうハラスメントらしい。
冷たくて感情がないふうに感じるらしい。
それで、しばらく LINEとか文章に句読点をやめてみたら、なんともまとまりのない締まりのない絵面になって、気色わるい。
それにしても、ショックだった。
私の句読点が嫌がらせになっていたなんて…(涙)
私が「マルハラ」という言葉を知って愕然としたきっかけの記事は、俵万智さんの素敵な短歌で終わっていた。
「優しさにひとつ気がつくxでなく〇で必ず終わる日本語」
悪気も何もない。
そういうことなんです。
ついでにもうひとつ。
かなり前に息子が、ラランドの「お母さんヒス構文」というものを紹介してくれた。
怒ってる母親のとりつくしまのない様子のコントを、まるで私だと見せてくれた。
「怒らんと見て(笑)怒らんと見て(笑)」
何度も言いながら、本人は爆笑してるから、余計にタチが悪い。
いや、それはとても面白かった。
まるで私のようだとも思った。
だが、しかし、内心とても傷ついたので、いまでもそれを覚えているのだ(根に持つタイプである)
哀しき哉、ジェネレーションギャップよ、世代間格差よ。
若い人たちも、そう、子どもたちも、いつかはこちら側に来る日が来るのだよ。
そうしてはじめて愕然とすればいいのさ。
それにしたって、句読点にまでハラスメントだなんて、せちがらい世の中だよ(涙)
