犯罪者レストラン 第二章 一流への道 11-託された想い
「妙だな」
記事を読んだ時雨がぽつりとつぶやいた。
「何がだい? 時雨」
トレインが訝しげな顔をすると、時雨は答える。
「この記事の中で『店では貧民街の孤児を雇って働かせている』とあるが、旦那はそんな説明してないんじゃないか?」
「そうか、確かに! 僕の記憶が間違っていなければしてないはずだね」
その隣でロンとハミエルは取材の時に撮った動画を壁に映して再生していたが、該当の箇所を見たクロワールは声を上げた。
「イッテナイ! ボスはチビのことを『貧民街の孤児』だって言ってない!」
「『チビ』ってアレンのことか?」
スヴァンが隣のシューレに聞くと「そうじゃないー?」とコーヒーを飲みながら答えた。
「……となると、どうして坊主のことをあの記者が知っていたんだ?」
アルバーノが神妙な面持ちでつぶやくと、時雨が答えた。
「ひとつ、可能性がある。オレは旦那から取材のことを聞いたときにオリバー・ダニエルが実在する新聞社の人間か調べてみたんだ。その時にちらっと見かけた過去の記事で、貴族の財布を貧民街の子どもが盗んだという内容のものがあった。オリバーは貧民街の調査をしたときにアレンを見かけていた可能性がないだろうか」
そこでようやくダルクが口を開く。
「大いに、あり得る。あの記者が元々貧民街の子どもを良く思っていないなら、アレンを働かせている俺たちを貶めようと考えても無理はない」
「ぼくの、せいだ……」
アレンは泣きそうな目でぽつりとつぶやいた。
すぐにスヴァンが首を横に振る。
「違ぇだろ。嘘を書き連ねる方が悪ぃ」
「その通りだ。坊主は悪くない。なりたくて孤児になったわけでもないんだ」
アルバーノはそう言ってガシガシとアレンの頭をなでた。
「ありがとうございます……ちょっと、外の空気を吸ってきます……」
アレンはショックを受けた様子で、肩を落として階段を上っていった。
「心配だね。アレン君は悪くないのに」
トレインの心配そうな言葉に、隣のロンはうなずく。
しかし、一同が沈黙する間もなくアレンが慌てて階段を降りてきた。
「みなさん、大変です! お店の窓や壁が……!」
「……!」
ダルクが真っ先に血相を変えて、アレンに続いて階段を駆け上がっていく。
他の皆も後に続いた。ハミエルは日の光が苦手で一瞬迷ったが、何か大変なことが起こっているだろうと考えて一緒に階段を上がっていく。
*
「なんだよ、これ……」
ホールに出たスヴァンが力なく言った。
店の中からでもわかる。窓に、トマトが投げつけられてつぶれていた。
ダルクが急いで外に出てみると、店の白い壁にも容赦なくトマトが投げつけられて赤く汚れている。
それを見たトレインは悔しそうに拳を握った。
「ひどいよ! 嘘の記事を書かれた挙句にこんな嫌がらせまで受けるなんて……理不尽すぎる」
Noir L'aubeの周囲を通りかかる人々は、気の毒そうな顔だけでなく嘲笑する者までいて、とても味方がいるとは思えなかった。
「……掃除をしよう。みんな、手伝ってくれ」
ダルクの怒りを押し殺した声に一同が振り向くと、息を呑んだ。
いつも温厚なダルクが、鬼のような形相でいたからだ。
しかし、スヴァンはすぐに気持ちを切り替えてバケツとデッキブラシを店内に取りに行く。
*
一階部分の汚れはデッキブラシで擦り、二階部分に付いた汚れはホースの水を飛ばして落として、なんとか綺麗になった。
一同がそれを眺めているとダルクは言った。
「綺麗になってよかった。ありがとな。……みんなに話したいことがある。リビングに集まってくれるか」
そのまま店内へ入っていく。
一同はそれぞれ目を見合わせた後、ダルクの後に続いた。
*
みんながリビングに戻ってくる中、ダルクは自室から一枚の写真を持ってくる。
「いよいよ話すのか、旦那」
時雨が話しかけると、ダルクはひとつうなずいた。
「あぁ。もしあいつを呼べるなら呼んでくれ。俺の話で間違ってる所があったら指摘してもらう」
「了解」
そうして全員がリビングの椅子に座ると、ダルクは話し始めた。
「トレインには少し話したことがあったんだが、この建物は過去にある人物から俺に託されたものなんだ。その人物こそ、この前の洗濯機暴走事件で時雨が言っていた幽霊の男。――俺の旧友のロメイン・ロッシだ」
「ロメイン? 聞いたことねぇぞ」
スヴァンの言葉にダルクはうなずく。そして手元の一枚の写真を見せた。そこにはダルクと白いシェフの服を着てメガネをかけた男が写っていた。
「あぁ、それはそうだろう。お前やトレインとはまったく接点がなかったからな。……ロメインは俺の学生時代からの友人だ。ユーモアがある男で、人を驚かせることも好きな男でな」
「それで僕やアレン君やハミエルさんを洗濯機で追いかけたんだね!?」
前のめりに立ち上がってトレインが叫ぶと、時雨が手を上げる。
「はい。ロメインさん本人が旦那の横で『ごめんごめん』ってジェスチャーしてる」
「幽霊本人から謝られるなんて初めてだよ!」
ダルクがまぁまぁとトレインをなだめて話を続けた。
「ロメインは昔からシェフになって自分の店を持つことが夢でな。と言っても、どこの国の料理を専門的に作るかで本人はすごく悩んだそうなんだが、最終的にフランス料理に決めたんだ。ただ、あの頃の俺はちょっとグレててな……」
そこまで言うとまた時雨が挙手する。
「はい。ロメインさんが手で×作って首を横に振ってる。ちょっとどころか相当グレてたらしい」
「あぁもう、やりづらいな! ロメイン、お前は黙ってろよ!」
ダルクは煩わしそうに言うが、ほんの少し嬉しそうでもあった。
「話を戻すぞ。学校を卒業したロメインは料理人の学校へ進学して、俺は……、ロメインからこっぴどく反対されたが、マフィアに入ったんだ。あの頃の俺は考えが浅はかで、何かあれば辞めればいいと思ってた。マフィアは死んでも抜けられないというのが基本ということを知らずにな」
「マフィアを簡単に抜けられないと知らないで入ったのか。馬鹿だな」
アルバーノがバッサリと小言を言う。ダルクは「仰る通りです」と苦笑した。
「俺は昔から鼻と舌がよく利くようでな。マフィアに入ってからは麻薬の売買によく同行したよ。その特技があったからかプエルトリコのカジノで働いてたりした。裏カジノや麻薬売買も横行してたからな。スヴァンと会ったのはちょうどその時代だ。最初はマフィアの中で親しくしてくれた人が抗争で、次々に簡単に死んでいくことに恐怖を覚えたり……心が病んで狂ったりしたんだが、そうも言ってられなくてな……。自分が生きることに精一杯だったんだ」
「プエルトリコ……か」
スヴァンが表情を曇らせる。当時のダルクを思い出しているのか、自分の過去を思い返しているのかは判らない。
「ある時、アーシェルヴィアから手紙が届いた。ロメインからで、自分のレストランを開業したという良い報告と……医者から余命を言い渡されたという、悪い報告だった」
「何の病気だったんだい?」
トレインが聞くと、「末期ガンだと聞いている」とダルクが答えて、話が続けられる。
「それで俺はマフィアのボスに異動願いを申し出てヨーロッパに向かったんだ。スヴァンも連れてな。俺がロメインの病床に向かうと、あいつ……いや、ここにいるのか。こいつはひどく衰弱していて俺の記憶にあるロメインの姿とひどく違って言葉が出なかったよ。でもこいつ、そんな状態なのに最初に行った言葉は何だったと思う?……『ダルク、マフィアは辞めろ。どうにかして辞める方法を探すんだ』って言ったんだ」
ハミエルは「ロメイン君は仲間想いなんだね」と感慨深くそう言った。
「あぁ。それで俺はようやくマフィアを辞めなければと思った。その時だ。ロメインからこの建物を譲ると言われたんだ。俺は、レストランの建物をもらったって何もできないぞ、と言ったんだが。ロメインは『ダルク、人生何があるかわからないぞ』と笑ってた。その言葉は本当だったよ。現に俺たちは今、レストランをやっている」
「なるほど。そういうことがあったんだね」
トレインは数年前を思い出してるのか宙を見ながら言う。
「でも、ダルクがマフィアを辞めたって言ってきた時があったと思うけど、その説明はしなくていいのかい? 確かスヴァンに手伝ってもらったんだよね」
「あー……それもそうだな。一応話しておくと、ちょうどいい時期にマフィアの抗争があってな。ボスがピンチになった時に俺とスヴァンが命を助けたんだ。それでボスが『君には助けてもらった恩がある。何か願いはあるか? 一つだけ、叶えてやろう』と言ったから、じゃあマフィアをこのまま抜けさせてくれって言ったんだ」
スヴァンも覚えがあるのかうんうんとうなずいた。
「そういうこともあったなー。あの時ダルクのボス、すげー驚いた顔してたよな」
「まぁな。……で、俺がその後すぐにロメインの所に行って『マフィアを抜けてきた』って言ったら、ロメインはその報告を待ってたかのように、笑って息を引き取ったんだ」
時雨はその時、涙ぐんでいるロメインの姿を見る。
その事もダルクに伝えようと手を上げかけたが、ひとりでに微笑んで首を横に振ったのだった。
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