【短編小説】 誕生石 #青ブラ文学部
※本文約2900文字です。
大学の第一講義室。授業まであと五分ほどある。時間を持て余した俺たちは、一番後ろの席に陣取った。無言のまま、それぞれノートや筆記用具を取り出す。
四月。今週の土曜日は俺の誕生日だ。しかも、彼女ができて初めての誕生日。夢にまで見た大切な人と過ごす特別な日がもうすぐやってくる。
幸せな妄想が表情に漏れていたのかも知れない。友人はニヤニヤしながらカバンから包みを出して俺の前に置いた。
彼は突拍子もないことを思いつくことがある。俺は手を出さず、視線だけ包みに落とした。なんの変哲もない、愛想もリボンもないキューブ状の茶色の包みだ。
「何これ?」
「週末誕生日だろ。」
「ああ…」
俺の浮かれていた気持ちが現実に戻る。何を考えているのだろう。わざわざ誕生日に言及するとは…。邪魔をするつもりだったらどうしよう。急に心配になった。
だが、彼は察しがいい。俺の浅はかな考えにすぐ気づいたようだ。
「人のデートを邪魔するような野暮なことはしない。」
「…お、おう。ありがとう。」
言い当てられた恥ずかしさで、デートを邪魔しない配慮に対してか、プレゼントに対してか…。自分でもよくわからない、どうとも取れる礼が口をついて出た。彼は切れ長の瞳を細める。
「これは誕生日プレゼントではあるけれど、いつもお世話になっている礼みたいなものだ。」
「どうも…中身何?」
「もしかしたら、彼女にも感謝されるかも知れない…そんな代物だ。」
代物と自分で言ってしまっている。俺の警戒心が掻き立てられた。開けるのが躊躇われる。
「危険物ではない。将来の安心を約束するかも知れないものだ。」
記念日のデートを前にして、彼女にも感謝されるかも知れない四角い箱に入ったもの…。俺は急に赤くなり俯いた。
俺の様子を見て彼の高笑いが講義室内に響き渡る。ぼちぼち集まり始めたほかの学生たちが皆、こちらに顔を向けた。俺は机の下で友人の腕に手をかけ、笑い声を諌める。
さすがの彼も、視線を集めすぎたと反省し「ごめんごめん。」と言って苦笑いに変わる。そして俺に顔を近づけた。
「避妊は君たちに合った方法でやってくれ。」
俺は耳まで赤くして俯いたまま小さく頷いた。彼は手早く包みを開けると、中から出てきた透明の箱を俺の前に置いた。その中心には、ところどころに透明の結晶が見え隠れする何かの原石が固定されている。
「四月生まれの君へのプレゼントだ。」
このタイミングでこの原石ということは、誕生石のダイアモンドだろうか。
俺の心は高揚する。先ほどまで散々彼を疑っていた自分を、申し訳ない気持ちが一気に押し流していった。
「ありがと!ま、まさかと思うけど…ダイアモンド!?」
「違う。」
即答だった。俺の気持ちは一気に平時に戻る。
「ダイヤじゃねぇのか…残念。」
「ダイヤが欲しかったのか?」
「いや…期待はしてなかったけど…でも、普通欲しいだろ!資産になるし…彼女も喜ぶかもって言うからさ…」
「君はダイヤに資産価値を求めるタイプなのか?」
「…え?だって宝石の中で一番価値あんだろ。」
自分の誕生石が否定されたようで少し悔しい。しかし俺のそんな気持ちなどお構いなしといった様子で彼は続ける。
「ダイヤは燃えたら終わる。資産として持つなら、溶けても蒸発しない金の方がマシだな。」
俺は小さく息をついて再び石に目を落とす。いかにも彼らしい意見だ。
「じゃ、これは、金鉱石?」
「違う。」
また即答。『この流れで金じゃないのか?』俺の頭は混乱した。ただの石ころをこんな箱に固定してくれたというのだろうか。
「最近、四月の誕生石に登録された宝石の原石だ。」
「あ、そうなの?ありがとう。でも、どうせならダイヤが良かったな。」
ここまで散々感情を振り回されて溜まった鬱憤を晴らすために、俺は悪態をついた。
「君は人が決めた価値の基準に合わせるのか?」
「?」
「モノの価値は人が決める。ダイヤモンドの採掘から商品化までを一つの企業が独占し、採掘量を絞り徹底したブランディングによって、100年以上かけてダイヤの価値をあそこまで高めた。それはそれで、人類史上における一つの功績だとは思う。」
俺は彼の言おうとすることを消化するのに頭がフル回転になり、言葉を返すことまで意識が回らず、彼の言葉を待った。
「だがそれは、人が作り出した価値を測る物差しの一つに過ぎない。自然界ではダイヤモンドもこの石も、自然界が作り出した結晶の一つに過ぎない。」
彼はテーブルの上に置かれていた透明の箱を手に取る。
「モノの価値は人がつけるものだから、この石の価値は君が高めることだってできる。」
これまで野望とは無縁だったが、不意に彼の話を最後まで聴きたくなっていた。『彼女に感謝されるかもしれない』と彼が言っていたせいかもしれない。
「どうやって価値を付けるの?SNSで紹介するとか?」
彼は鼻でふふっと笑う。
「誰もが認める価値ある実績が君にあれば、SNSの紹介は自ずと後からついてくる。だから、最初に君がやるべきことは、おそらくそれじゃない。」
「漠然としててわらかねぇ…」
この石は新たに四月の誕生石として登録された。この時点で、この石自体の価値は判定されているということだろう。
それなりの硬度と透明度、希少性などの特性が宝石として足るからこそ、四月の誕生石にされたはずだ。
「この宝石に必要なのはストーリー。」
「ストーリー?」
「あくまで一例だけど、君が何かの分野で大成功したとして、この石を身につけていたらどうなると思う?」
「え?」
「ダイヤじゃなくて、この石が“君の誕生石“として紹介され、注目されるかもしれない。レアなら価値も上がる。」
「なるほど。」
「十年後、君の功績でこの石の価値が高くなっていたら、大したものだ。」
「…」
「いずれにせよ、君がこれからどう生きるかのマイルストーンくらいにはなるだろう。」
「俺をみくびってるだろ。」
彼が微笑みながら僕に箱を手渡した。俺は箱の中に固定された石の塊を四方から確認するように光にかざす。所々に見える結晶が輝く。
すぐに影響される俺もどうかと思うが、なんだかやる気が湧いてきた。
「成功すれば彼女も喜ぶってことか…。」
先ほどの友人の言葉に妙に納得もした。それに週末、会話に困った時の話題にもなるかもしれない。
宝石が好きだったら話が弾んで、将来にまで話が及ぶかもしれない。でも、『すごい宝石になるかもよ!』と石ころを見せて話す男ってどうだろう。実績も何も伴わないこの状況じゃ、厨二病と思われて終わりの可能性もある。どのように伝えたらいいだろう。
楽しく妄想をする俺の横で彼が微笑む。
「まぁ、もっとも…この石に価値が出る頃、まだ君が彼女と一緒にいればの話だが…」
一理ある。何か言い返したい気持ちもあるが、彼を納得させられるような反論が見当たらない。あっという間に粉砕されるのは目に見えている。
それに、得体の知れないやる気が胸に湧き上がっていて、反論するよりも礼が言いたい気持ちになっていた。
「ありがとう。」
俺は、この石にどんな価値をつけられるだろうか。その透明の箱を自分のカバンにそっとしまった。
(おわり)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こちらの企画に参加させていただこうと思って書きました。いつも楽しい企画をしてくださってありがとうございます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
