推しに会いに夜行バス、二夜連続 in 関西
ご期待してます
推しに会いたい。日ごとに高まる感情が止められないから、過酷な旅になるものと知りつつ、私はスマホの予約ボタンを押す。愛らしい、柔らかい、それでいて繊細な、数々のイラストがすさんだ心を満たしてくれる。それがいかにありがたいことか。感謝も伝えたいし、いいよね? と薄っぺらい財布に問いかけて、日曜日しか空いていないスケジュール帳に、くっきりと線を引っ張った。
土曜の夜に出発して、月曜の朝に帰ってくる。時間はない。お金もない。このスケジュールにおける最適解は、夜行バス一択。つまり、
夜行バス、二夜連続。

推しの参加するイベント、関西コミティア72は大阪のインテックス大阪で開催される。関東から夜行バス向かうならば約7時間近くバスに揺られる必要がある。夜に出発するから睡眠は車内で。何度か夜行バスで旅をしたことはあるけれども隣の人のいびきがうるさくてあまり寝られなかったことを思い出した。不安がよぎる。
本当ならば金曜日の夜から行きたかった。しかし、こともあろうに土曜日に休日出勤がはいっている。行くかどうかギリギリまで悩んでしまったがために仕事がはいってしまったのだ。
仕事を終えて一時帰宅して準備を整え、深夜の東京へと向かう。眠りにつきそうなほどひっそりとした東京駅に着き、楽しみ尽くした人々が新幹線乗場へ向かう姿に羨望を向ける。いつかは新幹線で関西旅行してみたいな、なんて思いつつバスターミナルへと到着すると想像以上の人で混雑している。自分がイレギュラーじゃないような気がして少しだけホッとした。
席は最後尾の通路側席だった。4列シートでは最高の席かも、と心のなかでガッツポーズをした。今回のバスは足元ひろびろ便と名付けられていた。いざ乗ってみればフットレストがあって足を伸ばして座れた。これがわりと快適で、次回からも可能ならばひろびろ便にしたいと思えた。
余談になるが、飛行機や夜行バスに何度か乗った経験から首枕は100均のもので良いからあったほうがいい。寝ている間に首が揺れ、降りるときには首が痛すぎて観光どころではなかったことが何度かあるので。腰枕もあれば尚いいが、荷物が増えるので着古したコートを丸めて腰に当てる。意外と乾燥するのでマスクも必須。アイマスクがあってもいい。
首枕をして、寝るモードになったところで消灯した。数時間揺られた後には大阪へと着けるのか、そう思うと期待で胸が膨らむのだった。
周遊開始
まだ朝日も見えない早朝、大阪に着いた。距離にして約500キロ、遠くまで来てしまった。暗がりの街は車の灯りすらなく、活気ある大阪の街はまだ眠りの中のようだ。しんと静まり返ったバス乗り場から明かりを求めて駅へと向かう。
ターミナル駅までくるとちらほらとぬくもりが感じられる。ひとりで黙々と改札へと急ぐ人ばかりだが、話しながら歩く大学生のグループとすれ違う。すれ違いざまの「人生終わりやホンマ」との関西弁に、方言フェチの心がワクワクとしつつも、なにがあったのだ学生くん大丈夫だ人生はまだ長いし楽しいこともまだまだあるよ、と届かないエールを送るのだった。
大阪のメトロとバスに乗り放題になる「エンジョイエコカード」を私は神の紙と呼びたい。梅田から会場まで片道290円もかかる。往復で580円。加えて観光もするとなると、交通費だけで1000円は超すだろう。それが乗り放題で620円というのだからおったまげーである。表に書かれた夢洲駅とはどこかと思えば、大阪万博の会場最寄りなのだそう。この日は夢洲駅の開業日らしく、ぜひ行きたいと思っていた。だが残念ながら時間の都合でその思いが届かなかったことを先に言っておく。

神の紙を手にした私は周遊を開始した。夜行バスに乗った体を清めるために銭湯へと向かう。動物園前で降りるころにはすっかり朝日に照らされた薄い青空が広がっていた。奥に見える通天閣を眺めると、やっと大阪に来たのだなと思えた。

それにしてもこのあたりは癖のある建物が多くて面白い。それにしても情報量がすごい。黒やビビットなグリーン、その補色の赤が注目せよと言わんばかりにギラついている。東南アジアの繁華街を思わせるような雑多な感じに、この街のパワーを感じるのだった。



時間は朝7時。営業中の銭湯で探して、出てきたところは和光浴場だ。営業時間は6時から0時まで。露天風呂もあると聞いてわくわくしながら歩く。西成区山王、背の低い木造住宅が並び、見通しがよく、歩いていて気持ちが良い。澄んだ朝の空気を吸いこむと清々しい気分になる。


520円で露天風呂もサウナもはいれるとあって、早朝にもかかわらずそこそこの人がいた。お風呂の数も多く、電気風呂もあればジェットバス、フローバスなんてのもあった。フローバスのスイッチを押すと流れるプールの比じゃない超激流が発生し、手すりにつかまっていないと風呂桶の外に放りだされそうな勢いだった。溺れかけた。
ホームページによると“脳の活性化や自律神経への刺激がある“と書かれている。まるで薬物みたい。確かに刺激的で脳が目覚めるような体験だった。
さっと出るはずが、なんだかんだ1時間ほどくつろいでしまった。11時の開場に間に合うように急ぐ。……といいたいところだったが、大阪に着いてから何も食べておらず、空腹だった。とりあえず、喫茶店でモーニングでも食べようかな、とスマホで辺りのお店を調べる。
真白い立派なビルの前だった。すると、強面の男性が横をすっと通ってビルの中へと入っていった。やや不審に思って検索すると、なんとそこそこ大手の組事務所だった。慌てるようにして喫茶店へと向かう。カタギには手を出さない主義なのだろうか。なんてことのないところに驚きが潜んでいるものだ。

組事務所から歩いて数分(すごく変な道案内だ)、カフェカトレアに着いた。メニューの看板があり、モーニングが450円、安い。お店にはいるとお客さんがひとりいるばかりで静かだった。カウンターに案内され、モーニングを頼む。目覚めたい気分だったのでコーヒーはストロングにした。
コーヒーにたっぷりとマーガリンの塗られたトーストと、茹でたてのたまご、シンプルだけど十分だ。トーストはパンに甘みがあって、ふわっとしている。高級ってわけではないけれど、これが毎日出てきたら嬉しいなって感じ。失礼を承知で言えばおばあちゃんみたいな優しさがある。コーヒーを飲むと、苦味があって強さがする。まさにストロング。
入り口のドアが元気にあいて、キャハハとお店の中が一気に賑やかになる。このお店はご夫婦で営業なさっているらしく、マスターの奥様らしき人がご友人?と一緒に来店(出勤?)なさったのだ。この方がとても気さくで、色々と話しかけてくれる。私が住んでいる地域に身内がいたことがあるらしく、大阪の地で何故か地元トークで盛り上がる。
なんかもう少しいたいな、と思い、さっと出るはずがまさかのモーニングおかわり。モーニングおかわり、て。観光客とは思えないくらい朝からパン食べるじゃん。そのパンのカロリー、りくろーおじさんのチーズケーキに使いなよ、と今になって思う。

まあ、そのくらい居心地がよかったのだ。美味しい串カツ屋さんの情報をゲットして、お店をあとにする。コミュニケーションは苦手なのだが、こうして地元の人と話すのは楽しい。路地をふらっとはいるとアーケード商店街に遭遇。スーパー玉出に入ってみるとお惣菜類がめちゃくちゃ安くておったまで〜おっまたげ〜になった。

電車に乗って南下する。住之江公園駅でニュートラム線に乗り換える。この日は快晴で、ボートレース場のプールが青空を反射して綺麗に見えた。風もなく、凪いだ水面が鏡のようであった。会場までまもなくである。

新刊ください
中ふ頭駅から少し歩いて、ようやく着いたインテックス大阪。ここまで長かったような気がして、ほっと息をつく。いや、そんな間もなく急いで会場に入る。この日は別の会場で他のイベントをやっているらしく、入り口が混んでいた。お目当てのものは買えるだろうか、本当に推し絵師は実在するのか、色々なことを考えながら目的のブースまで向かう。

あった! いや、いらっしゃった!
推し絵師のブースまでたどり着くも、一度は見(ケン)、お目当てのものを確認して、たかぶる気持ちを静めるために目の前を素通りしてしまう。
会場の端っこで何を買うか、ふりかえり、買い残しが無いように頭の中で商品名を復唱する。予算は足りるか、やっぱりあれがいいな、いやこれも、ならば、などと思案する。
それに、会場のなかが想像以上に暑かったので、気持ちだけでなく体温まであがってしまったのだ。息を整える。
ブースの前までくると、目の前に推し絵師がいて、なんだか緊張してしまって、雑談のひとつもせずに
「新刊ください、あと、これと、それと、これも。あっ、これお手紙です、ありがとうございます、応援してます、ありがとうございます、では」
とたくさん買って手紙を出す変な客になってしまった。変なタイミングで感謝しだすし、雑談のひとつもできず、手紙も当たり障りないことしか書いていないことに後悔しているが、思いは伝えられたのでよしとしたい。
なにより、推し絵師の制作物を手に入れることができたので満足だ。リュックサックに押し込むことはできず、持参したトートバックにクリアファイルで保護して持ち運ぶ。達成感に包まれて、会場内をあてもなくふらふらと浮遊するのだった。その後も、SNSでチェックしていた作品を手にし、多幸感と会場の暑さでのぼせてしまった。
それぐらい、
暑かった!! 会場が!!
関西コミティア🔥 #えびの毎日もちもち pic.twitter.com/3BhsS2z3Zx
— えびせん🍤 (@ebiebi_r) January 20, 2025
推し絵師もそう言っている。
ジロウ
時計を見れば12時を過ぎていた。もうひとつの推しに会いにいかねばならない。それは、二郎、ラーメン二郎である。私には日本全国45店舗ある直系二郎店舗を制覇するというライフワークがあり、その44店舗目がラーメン二郎京都店なのだ。最近に福岡の朝倉街道店ができるまでは、京都店が最終課題店であった。最終ではなくなったものの、課題店であることには変わりなく、この課題をこなさなくては帰れない。
大阪から京都まで約1時間半かけてラーメンを食べに向かう。往復で3時間。旅行中のラーメンに3時間も使うのはなかなかに酔狂。しかし、これをなくすことはできない。はるか彼方の京の都におわします推しに会いに行くためなら長時間の移動すら期待を煽るエンターテイメントになる。
移動を楽しむなか、内心焦っていた。これまでにゆったりと楽しんだがために閉店ギリギリの到着になってしまったのだ。営業時間前に麺切れになってしまえばそれまで。閉店時間が迫る中、もう無理だと思いかけた。

ご期待してました──
コールは帰りのバスのことを考えてヤサイのみに。実に美味しかった。乳化したまろやかスープにガッツリと味の染みた大ぶりの豚、が2個。麺量もしっかりある。暑い会場でかいた汗を補填するかのような塩分に体が喜んだ。

朝からトースト2枚にゆでたまごも2個食べていたのにライスメニューと生卵をオーダー。シンプルに食べすぎ。しょっぱウマ麺ととてもマッチする。脂飯という二郎ではめずらしいお米のメニューを食べると、ギリッと塩分のきいたチャーシューの端とアブラで箸がとてもすすむ。乳化しているのにギトギトしておらず、胃もたれもしない。素晴らしい一杯だった。

周遊快調
食べ終わる頃には閉店時間になっていた。本当にギリギリで滑り込めたことに感動しつつ、満腹のおなかをさすりながら一条寺をぶらつく。
私のルーティンはラーメンを食べたあとにコーヒーを飲むこと。そうすると、満腹になってぼーっとした頭がシャキッとしていい感じになるのだ。なんか落ち着けて、広々としていて、もちろんコーヒーも美味しくて、できたらスイーツとかも美味しいところで……
えっ、朝からあんなに食べて、大盛りラーメンも米も食べてまだ食べるんか、と自分の食欲に震える。さらに、夕飯に串カツも食べたいなどと考えている。どうなっているんだ。
お目当てのお店に行ってみるも、閉店、雰囲気が違う、などあり、ぐるぐると一乗寺駅周りを一周してしまった。もう、この際コンビニコーヒーでいいか、と思った矢先、駅側に落ち着いたカフェを発見した。
喫茶点線というところ。看板はなく、クチコミで見つけたところだ。
恐る恐る扉をあけると、静謐、という言葉が相応しい空間が広がっていた。私語や音を控えるようにというコンセプトのため、聞こえるのはしっとりとしたBGMと時折鳴るカトラリー類の音のみ。
店員さんはひとりのみで、作って、運んで、会計して、清掃してをすべて順繰りやっている。オーダーを聞きに来るのをしばし待ちながら、周りの人の様子を伺う。本を読んだり、無言でプリンを食べあっていたり、タブレットで動画を見たりと、各々が静かにまったりと時間をすごしている。
ここならば、と先ほどの即売会で購入した作品たちを取り出して、ゆっくりと眺めることにした。
──なんと愛らしいことか。紙の質感を手で確かめながら頁をめくると、ひとつひとつに感謝が生まれる。作者が心をこめて描いたのだろうなぁ、とその筆致から伝わってくる。デジタル作品が主流になるなか、書籍ゆえの、紙のインクの温かみが、手を介して感じられるこの幸せよ。
「お待たせしました」

作品たちをばっと広げてしまっていたため、慌てて横にまとめる。シックという表現が似合う食器がかわいい。コーヒーはしつこくなく、マイルド。優しい苦さで酸味はなく、プリンの味を邪魔しない。目が覚めるような、というよりかは、ほっと落ち着くような、そんな味。プリンは待望の固めなやつ。上にもったりと乗ったクリームと、苦めのカラメルとを合わせて口にいれれば、香ばしさとやわらかいミルクの香りが、心に安心感をあたえてくれる。ああ、こういう時間て大事だよなあ、なんて思わせてくれる。
あっ! これは! と、先日依頼した作品が入っているのを確かめたり、そしてその続きというか、自分のキャラクターが他のキャラクターと共に描かれているページを見るなり、昇天しそうになった。
とっ、尊い…… そのページを目に焼き付けながら、甘いプリンを食べれば、もう、何も言うことはなく、ただ至福、愉悦、といった筆舌を尽くしがたい幸せに導かれる。ゆったりと時の流れるのに意識が溶け、気付いたときには辺りはすっかり暗くなっていたのだった。

ふたたび大阪に戻ってお土産をせっせこ買っていたら串カツどころではなくなっていた。愛すべきりくろーおじさんとの逢瀬のためだろうか、阪神・阪急・大丸・ルクアとショッピングモールが複数あって行きたいところを間違えたからだろうか、あまりにも広すぎる大阪・梅田駅を歩き回ってノルマを達成したころには出発の1時間前になっていた。梅田ダンジョン恐るべしである。
あと少しで旅行が終わることも悲しいが、最も憂鬱だったのが明日朝から仕事であるということ。辛い、辛すぎる、だがこの悔しさを上回る楽しさだったことは間違いなかった。
ベッドで寝ることは叶わないが、流石にお風呂にははいりたい、ということで、

銭湯タイムアタックである。バス乗り場から約10分ほど。急いで銭湯へと向かい、1日の汗を流す。ああ、もうすぐで終わりだなあ、京都はよく行くけど大阪でゆっくりしたことなかったなあ、また来たいなあ、などと感慨に耽る──
場合ではない! シャッとして、シュッシュッとして、バーーーッとやったらダッシュである。と、ここまできて時計を見るとあと30分ある。 ここはゆっくりと歩きながら帰るか、

ええい! のんじゃえ! ぐびぐびぐび〜!
ほろよいになりながら大阪の街をダッシュする。バスがやや遅れていたため、Get kotonaki。名残り惜しむ間もなくニ夜目のバスのドアが閉まった。
夜行バス、二夜連続
二夜目のバスはやや残念な感じであった。4列シートの通路側だったのだが、狭くて隣の人と肩が当たるし、まあ、この人が動く動く。パーキングでの途中休憩で必ずといっていいほど降りるので、そのたびに起こされる。それになんか食べ始めるし、おまけにいびきもかく。ひぃ~っ、もう夜行バスはこりごりだよーっとなりそうだった。
約7時間後、東京に着いた。結局、寝不足のまま職場に向かう電車に乗る。遅刻せずに出勤できたのは幸いだったが、これが週のはじまりである。なかなかにハードな1週間であったのは間違いない。
ではもう夜行バスには乗らないのか? いや、そんなことはない。こういうちょっとした無理をした上でなかなかできない長距離旅行を格安でできるのが夜行バスの醍醐味である。
だが、夜行バス、ニ夜連続、からの出勤は、たとえ推しのためでも躊躇ってしまうなあ、と今回の旅を終えて思った。ラブの感情を以てしても、勝てないのだな、睡眠不足には。
