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選挙なんて要らないよ その32(旭日旗❓)

日の丸は敗北と服従の象徴

これが徳川政権の日の丸に対する國際金融資本の見解でもあり僕の感想でもある

まずこの日の丸は西郷隆盛の一声と彼の明治天皇への罵倒で決まった

明治天皇は菊花十六文を國旗につまり國際金融資本のシンボルを提示してきたけれど
西郷はこれを以下の理由で突っぱねている

西郷隆盛が日の丸を國旗とした葛藤と選択

1. 商船記号旗と国際金融資本の影響

日の丸は徳川政権末期に日本と西洋列強と貿易を行うために商船記号旗を使用していたんだよ
でも国際金融資本からしてみればこの記号旗は「日本の降伏と服従」を示すものとみなされてしまったんだよね
なので日の丸は國際金融資本や西洋列強に対する従属の象徴となってしまったんだよ
本来これを使いづけることは日本が西洋に対して従属的な立場を取ることを意味し國際的な弱みを示すことにも繋がるんだよ

2. 西郷隆盛の立場と日の丸の選択

だけど西郷隆盛は新政府のリーダーとして敢て日本の独立と國際的立場を強調するために日の丸を選んだんだよ
すでにこの時点で西郷は徳川政権及び朝廷が崩壊し日本に主権がなくなっていることを察知していたんだよね

日の丸を単なる商船記号旗ではなく日本の自立を象徴する象徴として機能させるために模索していたんだよ
彼の内面には日の丸の裏の象徴が「降伏と服従」であることを暗号として残したかった意図があるんだろうね
軍略からすれば当然の思考だね

3. 明治天皇と菊花十六文の拒絶

一方で明治天皇(偽睦仁)は國旗として菊花十六文を提案してきたけれど
これは國際金融資本の主軸である「ユダヤの紋章」のひとつだからね

こんなものを受け入れる訳にはいかないと西郷は偽睦仁を罵倒してこれを却下した
その際に偽睦仁に向かって
「逆らえば元の身分に戻す」
と恐喝さえしている

右派はこの経緯すら知らないよね
彼らにとっては絶対的な象徴と教えれた天皇を一喝しているんだからね
でもこれを機に西郷は陥れられ政界から追放されてしまうし
西南戦争で敢え無く自刃ということになってしまうんだよ

西郷はこのユダヤの紋章を拒絶しこの商船記号旗を「日章旗(日の丸)」として國旗に選んだんだよ

そして國際金融資本は菊花十六文を皇室の紋章として西郷に受け入れさせたんだよ
つまり戊辰戦争で錦の御旗が立つというのは後世の作り話だから

4. 軍旗としての不適格性

だけど日の丸は「白旗と目立つ赤丸」だから軍旗には適さないよね
戦場で白旗振って兵士の士気が高まるわけないもの

西郷は軍旗として日の丸の他に戦場で兵士を奮い立たせる強い象徴の模索が必要だと考えたんだよね


そこで生まれたのが「旭日旗」なんだよね
今日のテーマは「旭日旗❓」
これを「右派の知らない日本史」の特別編として君らに贈るよ



さて旭日旗の話に入る前に
この当時の新政府の背景を理解する必要があるよね
この政府を支えていたのは旧徳川政権の臣下の者達ではないんだよ
よく考えてね
西洋の文明を取り入れるんだから旧徳川政権なんて重要視されないよね
もっと言えば榎本武揚など元徳川の家臣は既に徳川を裏切っている者達だったんだよ
まあその話は別にして新政府を支えていた國際金融資本の御歴々をご紹介しましょう
彼らが実質新政府を動かし日本を日清戦争という代理戦争に導いた者達です

國際金融資本による新政府の支配構造

國際金融資本の構造(総元締め)

  • ロスチャイルド家(Rothschild family)

    • 欧州國債・軍需ファイナンスの総本山

    • 徳川政権末期の対日戦略資金もここが基点

  • ベアリング家(Baring Brothers)

    • ロンドンの主要投資銀行

    • 徳川政権末期・明治初期の外債発行に関与

  • J.P.モルガン(J.P. Morgan)

    • 米國海軍の近代化資金と造船企業の統合に深く関与

    • 日米双方の海軍装備市場を牛耳る


実際に手を動かした英米要人

  1. ラザフォード・オールコック(Rutherford Alcock)

    • 初代英國公使

    • 徳川政権末期に日本の外交・港湾使用ルールを國際法準拠に引き込み海軍旗の整備概念を持ち込む

  2. ハリー・パークス(Harry Parkes)

    • 駐日英国公使

    • 薩長同盟支援と徳川政権打倒を推進し同時に海軍・陸軍の制服・旗章の“英式化”を助言

  3. アーネスト・サトウ(Ernest Satow)

    • 明治新政府と英外交の橋渡し役

    • 國際儀礼の導入(旗礼含む)と制度設計を指南

    • 実際に明治六法を書いた者

  4. チャールズ・リチャードソンら上海ルート商人

    • 武器・軍艦取引を仲介

    • 英國製軍艦と旗章規格を日本へ流し込むパイプ役

  5. マシュー・ペリー(Matthew Perry)

    • 米國海軍提督。

    • 和親条約を通じて國旗・軍旗の「対外シグナルとしての運用」概念を日本に植え付ける

  6. ジョン・グリフィス(John W. Griffith)/アメリカン・ロウ社関係者
    日本海軍の艦船設計・建造契約を仲介、軍旗掲揚の位置・寸法など國際規格を適用

  7. グイド・フルベッキ(Guido Verbeck)

    • オランダ系米國人顧問

    • 明治政府の制度近代化案の草案作成に関与、軍制・教育・國際法運用を輸入

  8. ウィリアム・アームストロング卿(Sir William Armstrong)

    • 英國の武器製造業者

    • 海軍火砲とともに艦旗掲揚規格を供与、旭日旗の軍艦旗としての実装に関与

ついでに彼らの手記を一覧にまとめておくね

一次史料(手記・外交文書)リスト

  1. ペリー『Narrative of the Expedition…』(1856) – 旗礼の記述あり

  2. オールコック『The Capital of the Tycoon』(1863) – 日本の港湾・旗の混乱を批評

  3. パークス関連 FO 46/83(英国公文書館) – 下関戦争後の旗章助言記録

  4. 太政官布告第57号原文 – 圀立公文書館

  5. 陸軍省布達第355号原文 – 防衛省防衛研究所

  6. アーネスト・サトウ『A Diplomat in Japan』 – 軍旗導入助言の回顧

  7. 海軍布告第652号原文 – 圀立圀会図書館

  8. J.W.グリフィス造船契約書 – 米議会國書館

  9. フルベッキ書簡 – オランダ國

  10. 外債発行目論見書 – 英國銀行アーカイブ


そもそも新政府に六法が書けるわけがないでしょ
もし書けていたのであれば列強國との修好通商条約の不平等追加条項に気付いていましたよ
気付いていないのだから自分達で書かなかったとなるです
そして自ら書かない六法をそのまま受け入れるということは國の主権を明け渡したも同じですよ
日本は侵略を一度も受けたことがないって思っている右派の皆さん
明治に既に占領されているんですよ

これの背景を考えれば西郷隆盛が軍旗に拘ったのもわかるよね
しかし出来上がった軍旗は彼の想いを見事に裏切ったんだけどね


ではここで西郷隆盛を主人公にちょっとしたドラマを展開してみます
題して「旭日旗:理想と挫折

西郷隆盛ミニドラマ:「旭日旗:理想と挫折」

プロローグ:西郷の軍旗考察

場面:新政府の書斎(明治時代初期)

西郷隆盛はひとり考え込んでいる
目の前にある日の丸の旗をじっと見つめながら
西郷は次回の軍旗仕様会議の内容について思考を巡らせていた

西郷(つぶやく):「日ん丸か…國旗としては仕方なかろうけんど、軍旗としてはどげなもんけぬど。白地に赤丸…こんた降伏と服従ん旗に過ぎんじゃなかろうか」

西郷は日の丸が國際的な調和には合っていても軍旗としては日本の誇りにふさわしくないと考えていた

西郷(続けて思案する):「日本の誇りを守っためには、軍旗は強か象徴であっこっが重要じゃ。ないごてなら戦場で掲ぐっ旗は兵ん士気を高むっ力強さ必要じゃならな」

西郷はこの日の丸が持つ「降伏と服従」象徴性に懸念を抱いている
この旗が軍旗として選ばれることに深い不安を抱いていたのだ

西郷(思い悩む):「軍旗ん選定は誇りを守っ戦いでんあっ。こいを決むっこっで日本の今後ん方向性が、未来が決まっとどん…」

軍旗考察会議

場面:新政府の会議室(明治時代初期)

新政府の高官たちが集まり、軍旗の選定を行う会議が開かれている。西郷隆盛が座っており、議論を見守る中、日の丸が軍旗として提案される

会議のメンバー:
外務顧問(國際金融審本)

海軍顧問(國際金融資本)
西郷隆盛
高官A, B, C(薩長及び元徳川家臣など複数)

外務顧問(冷静に、提案):「新しい軍旗として、日の丸を基にしたデザインを採用することが重要だと考えます。國際的に認知され、調和が取れた旗であり、これが最も最適と考えます」

西郷(やんわりと):「日ん丸か…國旗としては仕方なかとしてん、軍旗としてはどげんかね? 白地に赤丸、こんた『降伏と服従』っちゅう意味としっせぇ、わいどんな受け入れとっんじゃなかろうか?」

西郷は皮肉を込めて顧問に感想を述べた
会議室に不安と疑念の空気が静かに立ち込める
一同西郷の二の句をじっくり待った

西郷(多少強めに):「こげん旗を戦場で掲ぐっこっが、ないごて日本の誇りを示すことになっとな?」

一同西郷の意見に静まり返る…
日の丸否定論の空気が会議内を占めかけた
然し国際金融資本の顧問の場の空気が元に戻る

外務顧問(冷たく微笑んで):「國際社会との調和を保つことが最も重要です。日の丸は國際的に認められた象徴であり、軍旗としても最適な選択であると考えます。これが日本の未来にとって、最も理にかなった選択でしょう」

西郷(冷静に):「誇りを守っ旗でなかれば、戦う兵士たちん士気は高まらんじゃろう。こん日ん丸では、日本の誇りを守ぃがなっとは思えん」

海軍顧問(冷静に):「西郷殿、國際的な基準に従うことが、最も強い國家を作るために必要打と考えます。我々の近代化に必要な旗はこの日の丸を基盤として草案するのが最も最良と考えます」

外務顧問(冷たく、確信を持って):「西郷殿、この草案を採用することで、國際社会からの支持を得られ、日本の経済的安定も見込まれるとかんがえます。日本が本当に独立し強くなるためには、この選択が不可欠ではないでしょうか?」

西郷(苦悩しながらも、深いため息をつく):(…こん旗が選ばれれば、誇りを守っ戦いが無駄になっ…だが、どうすりゃえとな)

西郷はこの空気を最早ひっくり返せるとは思えなかった
彼らはそれなりに日の丸を基に軍旗を作るであろう
しかしそれは偽りの誇りに過ぎないではないか
迷いの中の西郷に対して外務顧問が止めを刺す

外務顧問(冷静に):「西郷殿、これは國際金融資本の意向でもあります。ここであなたがご寝ていたら、今後の彼らとの日本の立ち位置も不利になりますよ。ここは我々の提案を受け入れるのが日本の選択と思いますが、如何に?」

西郷(しばらく黙ってから、冷たく言う):「仕方なかか…未来ん日本がどげんなっとか、見届くっとしよう」

この会議により日の丸を基にした軍旗のデザインを進める方向で一致した

西郷はその決定を受け入れながらも心の中では納得できない思いが渦巻いていた
彼の誇りを守る戦いは國際金融資本の圧力に押し切られた形で終わりを迎える

西郷’(独り言):「日本な國旗で降伏と服従し、軍旗ん選定でまた服従した。こいでは敗北ん上塗りじゃらせんか」

エピローグ:敗北の上塗りと歴史の捏造

西南戦争(1877年)で敗北し西郷は敗北し自刃した

これを機に新政府は大きく舵取りを誤っていく
そして日の丸を基本にした旭日旗を軍旗として考案してしまった

更に國際金融資本はこの軍旗を単なる軍旗としてではなく
國民に天皇への絶対服従を誓わせるための象徴として利用する計画を立てていた

そのために彼らは密かに天皇史の捏造を準備していたのである
この捏造で生まれたのが「神武天皇」である

国際金融資本は既に自ら根絶させた御門とすり替えた天皇がこの神武天皇の子孫であるという万世一系という捏造で正当化し歴史そのものを書き変えてしまった

この神武天皇の捏造は単なる歴史的な歪曲にとどまらなかった
彼らはこれまでの日本の宗教観を一新しイギリス大國教の日本版ともなる國家神道を作り上げた

そして彼らの作り出した架空人物の神武天皇とこの國家神道を深く結びつけた

その担い手として旭日旗を利用し天皇の象徴性の強化と絶対的服従を國民に刷り込んでいったのである

また西南戦争後
明治政府は靖国神社の前身である東京招魂社を建立した
東京招魂社は戊辰戦争と西南戦争で官軍の戦死者のみを祀った

これは神社とは異質ものであった
当然この建立に各地で抗議運動が起こり政府はこれを武力で制圧する

そして西郷の死後30年後に神社合祀を実施し神社そのものを粛清したのだ
更に東京招魂社は靖國神社と改名され日本軍の英霊を祭る異常な場へと変貌していくのである

日本國民はこの事実を理解せず教育勅語により洗脳され従順な奴隷化されていった
そして国際金融資本の思惑に従い日本政府は国際金融資本の先兵としてアジア侵攻の代理戦争に巻き込まれていったのである


この西郷劇は以下の地政学に基づいて僕がまとめた年史から作ったものです

戊辰戦争から西南戦争、東京招魂社建立までの歴史

  • 1853〜1854年 ペリー来航・日米和親条約締結

    • 米海軍ペリー来航、日本に補給港の提供と通商の拠点化を要求

    • 日米和親条約で船舶識別旗の必要性を日本側が認識

  • 1850年代〜1860年代 徳川政権末期・開港期

    • 徳川政権、列強の圧力に対応開始
      英公使オールコックが旗礼や識別の混乱を指摘
      下関戦争(1864)後、英公使パークスが軍艦規格・海軍旗整備を助言

  • 1868〜1869年 戊辰戦争

    • 新政府(薩長連合)が勝利、西郷隆盛が指導的役割

    • 西洋式軍旗・艦旗導入が進む

  • 1870年代 明治初期・軍旗整備

    • 太政官布告第57号(1870)で日の丸を商船国旗に制定

    • 陸軍省布達第355号(1870)で旭日旗(16条)を陸軍軍旗に採用

    • 英アームストロング社との火砲契約に「軍旗意匠は本國仕様に準拠」と明記

  • 1877年 西南戦争

    • 西郷隆盛率いる士族反乱、新政府に敗北・自刃

    • 政府は國旗・軍旗の象徴性を強化

  • 1879年 東京招魂社建立(後の靖国神社)

    • 西南戦争を経て官軍の戦死者を祀る施設として建立

    • のちに國家神道体系の中核として靖國神社と改名されて利用されることになる

  • 1889年 海軍布告第652号

    • 旭日旗を海軍軍艦旗として正式採用

    • 國際海事儀礼に基づき、日本海軍の象徴となる

  • 1903年 國定教科書制度開始

    • 古事記及び日本書記を改ざんし神武天皇が日本起源の象徴として広める

    • 「神武東征」物語を捏造し全国児童に教育開始

  • 1906年 神社合祀令

    • 地方小規模神社を中央集権的に統合

    • 国家神道の管理体制を確立、旭日旗と國家象徴を結び付ける

  • 1940年 紀元二千六百年記念事業

    • 神武天皇を国家的イベントの主役に据える

    • 神話化がピークに達し、國家神道と一体化して国民に洗脳が浸透


こうやって振り返ると旭日旗もまた日章旗と同様に
「敗北感」がじわじわ来るよね
そしてそれを隠蔽するためのこの天皇史の捏造
実に嘆かわしいよね
結局旭日旗こそが軍国主義と天皇への絶対忠誠を意味するんだよね
それを自衛隊に使わせるのってどうなの❓


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