上手くやろうとすると、魅力が半減するかも🦀
とある芸術の道を突き詰めている方とお話しした。
自分の大好きなことがはっきりしていて、とにかくエネルギーがある、すてきな人。
その方が、弊社に到着するなり興奮気味に言った。
「さっき、〇〇っていうキャラクターを見かけたんだけど、あれ、すごくいいね!」
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そのキャラクターは、地元の小学生が描いた、歴史的建造物をモチーフにした、ゆるキャラのようなもの。
地元でも知っている人がいるかどうか、というくらいの存在だ。
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ところが、その方は大絶賛だった。
「世の中には、大人のプロがデザインしたキャラクターがたくさんあるでしょう?
もちろん上手なんだけど、あれより、こっちの方がずっと面白い。」
そんなふうに話していた。
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なぜだろう、と考えた。
たぶん、その子は「上手く描こう」としていない。
「かわいいと言われたい」とも思っていない。
ただ、自分が面白いと思うものを、そのまま描いた。
その無邪気さが、絵からあふれていたのだと思う。
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一方、大人になると、
「こうした方が受けるかな。」
「こう描いた方が評価されるかな。」
「こう言った方が賢く見えるかな。」
そんな邪念が、少しずつ混ざってくる。
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もちろん、技術が上がることは素晴らしい。
経験を積めば、表現も洗練される。
でも、その過程で、自分らしさまで削り落としてしまったら、少しもったいない。
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絵だけではない。
言葉もそう。
仕事もそう。
生き方もそう。
必要以上に自分を大きく見せようとか、
格好よく見せようとか、
失敗しないように整えようとか。
そんな気持ちが強くなるほど、魅力が少しずつ薄れていくことがあるのかも。
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子どものように振る舞えばいい、という話ではない。
大人だからこその礼儀も、配慮もある。
でも、自分をよく見せようとする気持ちが、自分らしさを覆い隠してしまうことはある。
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そう考えると、
魅力というのは、「上手さ」だけでは生まれない。
夢中になっていること。
その人らしさ。
余計な計算をしていないこと。
そんなものが、自然とにじみ出てくるのだと思う。
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その方と話していて、
「上手くやろう」とするより、
「自分はこれが好きなんです」と、まっすぐに表現する人の方が、ずっと魅力的なんだな、と改めて思った。
邪念を少し手放して、
もう少し自分に素直に。
そんなことを考えた一日でした。
