友達と少し距離ができる子だった
今日からは長女の話です
長女は、小さい頃から友達関係が少し独特な子だった。
特定の誰かとべったり仲良くなる、というタイプではなかった。クラス替えがあるたびに、そのクラスの中で仲の良い子ができる。前の年に仲が良かった子とは、なんとなく疎遠になっていく。それ自体は、よくあることなのかもしれないと当時は思っていた。ただ、遠目に見ていると、時々「友達から少し距離を取られているな」と感じる瞬間があった。本人がそれをどう感じていたのか、当時の私はちゃんと聞けていなかったと思う。
学力の面では、集団の中で特に目立って困ることはなかった。だから余計に、「友達関係の違和感」だけが、ぽつんと気になる点として残っていた。
もう一つ、当時から気になっていたことがある。新しい学年、新しいクラスになる時期になると、決まって気持ちが不安定になった。まだ環境に馴染んでいないその時期だけ、表情が硬くなったり、些細なことでイライラしたりする。それが毎年のことだったので、「この子は、この時期だけ調子を崩すんだな」と、なんとなく季節の行事のように受け止めるようになっていった。
夏休みの宿題も、毎年のように最終日まで残った。何日もあったはずなのに、なぜか手をつけられず、結局最後の数日は私も一緒になって片付ける羽目になる。そのたびに「困った子だな」と思いながらも、正直、それが後々につながる何かのサインだとは、当時は思ってもみなかった。今振り返れば、「わかっているのに、始められない」という状態だったのかもしれないと思う。
宿泊を伴う学校行事で班長のような役割を任されたときのことも、よく覚えている。責任感が強いのか、班をうまくまとめられないことや、思い通りに進まないことに人一倍疲れてしまうようだった。楽しかった思い出として話すよりも先に、「疲れた」という言葉が出てくる。周りの子が「楽しかった」と笑って帰ってくる中で、うちの子だけ、ぐったりした顔で帰ってくることが多かった。
一つひとつは、取り立てて騒ぐほどのことではなかったのかもしれない。友達と少し距離があること。季節の変わり目に不安定になること。宿題が進まないこと。役割を任されると疲れてしまうこと。バラバラに見ていれば、「なんか、調子悪い?機嫌悪い?」
くらいの出来事だった。
けれど今、こうして並べてみると、これは後に起きることの、小さな前触れだったのかもしれないと思う。
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# 「あなたは我慢しなくていい」と言われた日
長女がまだ小学校高学年だった頃、下の子が学校に行けなくなった。
家の中の空気は、当然その子を中心に回るようになった。私自身、意識していたつもりでも、上の子にかけられる時間や気持ちの余裕は、明らかに減っていたと思う。
そんなある日、長女が学校での出来事を話してくれた。担任の先生から、こう言われたのだという。
「あなたが我慢することはないよ。あなたの気持ちも、ちゃんとお母さんや先生に話していいんだよ」
長女は、それを特に深刻な顔でもなく、淡々と伝えてきた。でも、その言葉を聞いた瞬間、私は胸を突かれるような気持ちになった。先生に言われて初めて、「この子も、我慢していたのか」と気づかされたからだ。妹のことで頭がいっぱいになっている間、隣で長女が何を我慢していたのか、私はちゃんと見えていなかった。
その言葉をきっかけに何かが劇的に変わったわけではない。ただ、あの日のやり取りは、今でもはっきり覚えている。
そして、長女が中学に上がってから、今度は本人の様子が変わり始めた。
幼稚園や小学校からずっと一緒だった友達と、少しずつ疎遠になっていくのを、本人も気にしているようだった。代わりに新しくできた友達と遊ぶようにはなったけれど、以前のような気軽さはないように見えた。
部活動にも入らなかった。「やりたいことがない」というのが本人の言い分だった。放課後は、特に何をするでもなく時間を持て余しているような様子で、それを見ているこちらの方が落ち着かない気持ちになった。何かに打ち込んでいるわけでもなく、かといって困っているようにも見えない。あの頃の長女が、心の中で何を感じていたのか、今もはっきりとはわからない。
「馴染めていないんだろうな」というぼんやりした不安を抱えながら、それでも学校には通えていたので、当時の私は「そのうち落ち着くだろう」と思っていた。
まさかその後、本人がここまで長い道のりを歩むことになるとは、あの頃はまだ、想像もしていなかった。
