【番外編】
風花と悠真、その後の一日――幣舞橋に立つ春の日に
こんにちは。
夕映 海音(ゆうばえ・かのん)です。
今回は、読者の方から「ふたりのその後が知りたい」という声をいただき、
静かに筆をとってみました。
これは小説本編の続きではありますが、
読んでいなくても「釧路という場所の優しさ」や「静かな再生の時間」が伝わるように、
ひとつの短いエッセイとして綴っています。
それでは、どうぞお読みください。
■ 春の風が、幣舞橋をわたる

幣舞橋を渡る風は、いつだって海の匂いがする。
だけど今日はほんの少し、草の匂いも混じっていた。
風花は、ふわりと髪を揺らしながら言った。
「……もう、春なんだね」
「そうだな」
悠真が横で答える。
ふたりでこの橋を歩くのは、10年ぶりだった。
あの時と同じように、歩幅はすこしだけ違う。
けれど、今はその違いを、愛おしく感じている。
■ 静かに、過去と折り合う日々
東京での暮らしを終えて、釧路に戻ってきた風花。
仕事をすぐに始めることはしなかった。
まずは眠ること。食べること。呼吸すること。
「ただ、生きること」に、じっくりと時間をかけた。
最初はそれが、少しだけ恥ずかしかったという。
でも、悠真が何も言わずにそばにいてくれたことが、
何よりの支えになった。
「風花は、ゆっくり生きていい」
その言葉に、風花の心は初めて、ちゃんと着地した。
■ あなたがいたから、私は帰ってこられた

橋のたもとで、ふたりは立ち止まる。
観光客がすれ違い、カモメの声が遠く響く。
いつもどおりの釧路の夕方。
でも、風花の目にはその景色が、すこしだけにじんで見えた。
「10年前、私……ここで泣いてたんだよ」
「知ってる」
「……そのとき、あなたがいなくて、すごく怖かった」
「……ごめん」
「でも、あなたがいてくれたから、私は帰ってこられた」
風花はそう言って、手を差し出す。
悠真は、それをぎゅっと握り返した。
過去も、記憶も、後悔も。
そのすべてを手のひらに抱えて、ふたりはもう一度、幣舞橋を渡っていく。
ゆっくり、ゆっくり。
春の風を受けながら。
■ さいごに
「再生」は、何か劇的な変化ではなく、
こうした“静かな積み重ね”の中で訪れるものだと思っています。
ふたりのその後に、明確な答えがあるわけではありません。
けれど、過去を抱えたままでも前に進んでいける――
そんな時間を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
読んでくださって、ありがとうございました。
夕映 海音(ゆうばえ・かのん)
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