自分を置き去りにしないための、小さな解剖の記録
「大丈夫?」と聞かれると、無意識に「大丈夫です」と笑ってしまう癖がある。
社会のスピードや求められる役割に適応しようとすればするほど、自分の中の素直な感情――怒り、悲しみ、虚無感、そして言葉にできない違和感――は後回しにされていく。そうやって周りに合わせているうちに、いつの間にか「自分が本当はどう感じているのか」さえ見失いかけていた時期があった。
誰ひとり取り残さない社会。そのスローガンを聞くたび、私は小さな胸騒ぎを覚えていた。私たちは「社会の中の誰か」に目を向けるあまり、一番近くにいる「自分自身」を取り残してはいないだろうか。
私がたどり着いたのは、文章を書くことによるセルフケアだった。
ノートを開き、頭を真っ白にしてまず誰にも見せない場所で、自分の中に渦巻くドロドロとした感情をそのまま言葉として引っ張り出す。どんなに不格好で、ださくて、人に言えないような本音であっても、一切の繕いを捨てて並べていく。自分の心を静かに解剖していく作業だ。
実を言うと、書くことそのものよりも、書いた後にその心の中をまるで「箱庭」のように俯瞰してチェックすることこそが、私にとって一番の醍醐味になっている。
苦悩や葛藤を言葉という箱に閉じ込め、客観的に眺めることで、ようやく「こんなにも傷ついていたのか」「ここで怒っていたのか」と、他人事のように自分の痛みを認めることができる。誰かに認めてもらう為ではなく、自分自身の一番の理解者であり続けるために書く。
このセルフケアとしての創作を始めてから、私は少しずつ自分の心に静けさを取り戻せるようになった。
私たちが心地よく生きられる未来をつくるためにできること。それは、壮大な社会貢献ばかりではないはずだ。まずは自分自身が限界を迎えて壊れてしまわないよう、心の声に耳を傾け、自分を救う手段を持つこと。自分が満たされ、足元を踏みしめられて初めて、私たちは他者や社会へ目を向ける余裕を持てる。
自分を取り残さない生き方は、巡り巡って、誰の感情も否定しない優しい社会の土台になるのだと思う。
自分を生かすために言葉を紡ぐ。それが、私が私と結んだ、未来へ向けるための小さなお約束だ。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくれて、ありがとう。
もし何かひとつ持ち帰れるものがあったら、
「お茶でもどうぞ」くらいの気持ちで置いていってもらえたら嬉しいです。
次の一篇を書くお供にします。
