86. 接客が丁寧でも売れない店の盲点
尽くしているはずなのに、なぜか心が離れていく。
「丁寧」という名の重荷を、そっと手放すために。
加納光|40年間、誰よりも「選ばれない理由」と向き合い続けてきたからこそ、伝えたいこと
一生懸命に汗をかいているのに、なぜか思うように評価が追いつかない。
そんなもどかしさを抱えている人には、ある共通点があります。
それは、決してあなたの力が足りないからではありません。
ただ、心を配る「ピント」が、ほんの少しだけずれているだけなのです。
礼儀正しさが、いつのまにか「壁」になっていませんか。
「うちはどこよりも接客に自信があります」
そう胸を張る経営者の方のお店でも、なぜか客足が伸び悩むことがあります。
こぼれるような笑顔。
非のうちどころのない言葉遣い。
深く、美しいお辞儀。
それほどまでに心を尽くしているのに、新しい出会いが増えていかない。
それはなぜでしょうか。
実は、「失礼がないこと」と「また会いたいと感じること」は、似ているようでいて、まったく別の感情だからです。
私は40年、そんな「丁寧さのすれ違い」を何度も目の当たりにしてきました。
たとえば、あなたにもこんな経験があるはずです。
店員さんは、驚くほど礼儀正しい。
けれど、こちらの様子を伺う間もなく声をかけてくる。
ただ眺めていたいだけなのに、すぐ横に寄り添って離れない。
一度断っても、また別の何かを熱心に提案される……。
決して、不快なわけではありません。むしろ、人一倍大切にされている。
それなのに、どこか息苦しさを覚えて「今日はもういいかな」と背を向けてしまった。そんな記憶はありませんか?
一方で、心に残るのはこんなお店だったりします。
必要なときだけ、そっと歩み寄ってくれる。
迷って立ち止まったときにだけ、道しるべのような一言をくれる。
お会計のやり取りも、流れるように滑らか。
私たちは、丁寧な人を嫌いになることはありません。
けれど、こちらが過剰に「気を使わなければならない」丁寧さには、どうしても疲れてしまうのです。
レストランでも、同じことが言えるでしょう。
グラスが空くたびに何度も注ぎに来たり、食べ終えた瞬間に皿を下げたり。
大切な会話の最中に何度も割って入る声。
それは「気配り」という形を借りた、独りよがりの振る舞いになっていないでしょうか。
私はセミナーで、この「心の距離感」について繰り返し説いてきました。
思うように選ばれない場所ほど、ついマニュアルを塗り重ねて、がんじがらめになってしまいます。
「必ず、自分から声をかけなさい」
「必ず、おすすめの品を伝えなさい」
「必ず、笑顔を絶やしてはいけません」
けれど、私が経営者の方々に手渡したいのは、その逆の発信です。
もてなしの本質は、何かを盛ることではなく、余計なものを削ぎ落とすことにあります。
相手の時間を、奪いすぎてはいませんか?
待たせるという「不安」を与えてはいませんか?
相手に気を遣わせるような、硬い表情になっていませんか?
「売りたい」という焦りが、言葉に滲み出ていませんか?
相手が大切にしている「呼吸」を、乱してはいませんか?
ここを整えるだけで、不思議と滞在時間は伸び、再び訪れてくれる人が増えていくのです。
実際、あるお店では、入店した瞬間の声かけを思い切ってやめました。
「困っているな」と感じたときだけ、優しく寄り添うように変えたのです。
すると、お客さまは羽を伸ばしたように買い物を楽しみ、気づけば手にする品数も増えていました。
熱心に説得したから売れたのではありません。
「自由に、自分らしくいられる」という安心感が、その人の背中を優しく押したのです。
あなた自身も、そうではありませんか。
どれほど親切でも、踏み込みすぎる相手とは距離を置きたくなる。
多くを語らずとも、こちらの歩幅を分かってくれる人とは、長く付き合いたいと思う。
お店も、人間関係も、その根っこは同じはずです。
だから、尽くしているはずなのに選ばれない時ほど、立ち止まってみてください。
もっと何かを付け加えるのではなく、相手が自然体でいられるように、身を引く勇気を持てるか。
その「心地よい余白」こそが、新しい流れを呼び込むきっかけになります。
