19)一緒にいて疲れる人の特徴
心のどこかで、ため息を隠していませんか。
その疲れは、あなたの優しさが限界を知らせているサイン。
加納光|40年間、誰よりも「選ばれない理由」と向き合い続けてきたからこそ、伝えたいこと
一生懸命に汗をかいているのに、なぜか思うように評価が追いつかない。
そんなもどかしさを抱えている人には、ある共通点があります。
それは、決してあなたの力が足りないからではありません。
ただ、心を配る「ピント」が、ほんの少しだけずれているだけなのです。
「悪い人じゃないけれど」……その言葉の裏に沈む重たさ。
装いも、言葉選びも、至って普通。
とりたてて意地悪をされているわけでもない。
それなのに、バイバイしたあとにだけ、鉛のような重みが心にのしかかる相手がいます。
そんなとき、真面目な人ほど自分を責めてしまいがちです。
「私の器が小さいのかな」
「気にしすぎなんだろうか」
「もっと私が、広い心でいられたら……」
けれど、40年という月日のなかで数多の人間模様を見つめ続けてきた私が確信しているのは、一緒にいて疲れてしまう相手には、例外なく「相手への配慮の欠如」という綻びがあるということです。
たとえば、あなた自身にもこんな記憶はありませんか。
語られるのは、いつも自分のことばかり。
こちらの想いを口にしようとしても、すぐに上書きされてしまう。
返ってくるのは、「でも」「だって」という否定。
あからさまな不機嫌を振りまき、隙あらば、さりげない自慢を織り交ぜてくる。
そして、自分の心の澱(おり)だけを預けて、去っていく。
そんな相手と過ごせば、無意識のうちに神経を磨り減らしてしまいます。
次に何を言うべきか、必死に探り。
相手の逆鱗に触れないよう、細心の注意を払い。
おだて役や聞き役に徹して、自分を押し殺す。
疲れ果ててしまうのは、決してあなたのせいではありません。
人は、激しい言葉を浴びせられたときだけ傷つくのではありません。
こうした、ささやかな「気疲れ」の積み重ねこそが、心を枯らしていくのです。
お店という営みでも、全く同じことが言えるでしょう。
振る舞いこそ丁寧だけど、どこか高圧的で、こちらが問いかけることを躊躇わせ、品物を選ぶ時間を、暗に急かしてくる。
そんな場所には、二度と戻りたくないと思ってしまいます。
私はセミナーを通して、この「心の負担」について説き続けてきました。
人もお店も、相手に余計な荷物を背負わせた瞬間から、その縁はほどけ始めていくのです。
だからこそ、私は経営者の方々にも、人と向き合う時のあり方についてこう問い直してもらいます。
相手の言葉を、自分の話で塗り潰していませんか?
違いを突き放すような「否定」から始めてはいませんか?
自分の心の揺らぎを、そのまま周りの気配に変えてはいませんか?
溜まった想いを、相手に丸投げにしてはいませんか?
どちらか一方だけが、聞き続けてはいませんか?
相手の肩をこわばらせるような、緊張感を与えてはいませんか?
これは、愛し合う二人の間でも、全く同じことが言えるはずです。
実際、ある女性は「大好きなのに、会うたびに泥のように疲れてしまう」と、肩を落としていました。
お話を聞けば、
彼の機嫌の良し悪しに、自分の心を同期させ、
延々と続く自慢話に相槌を打ち、
否定されることを恐れて、自分を消していました。
そこで私は、会う回数をそっと調整し、自分の中に生まれた違和感に蓋をせずに向き合い、無理に繋ぎ止めるのをやめるように伝えました。
ただそれだけで、彼女の心は驚くほど軽やかになったのです。
「好き」という感情と、心が「健やか」であることは、必ずしも同じではないのです。
あなた自身も、そうではありませんか。
バイバイしたあとの帰り道で、ぐったりと項垂れてしまう相手。
それとも、ふわりと心が解きほぐされるような余韻をくれる相手。
答えは、あなたの心が一番よく知っているはずです。
だから、人間関係で立ち止まってしまったときほど、肩書きや条件といった外側の輝きに惑わされないでください。
「その人と別れたあとの自分は、笑えていますか。それとも疲れ果てていますか」。
一緒にいて疲れる相手に対して、あなたが弱いと感じたり劣っていると感じたりする必要はありません。
それは、あなたが優しい心で、あまりに重すぎる相手が背負うべき相手の荷物を、甘えているだけの相手の代わりに背負おうとしてきた証でしかないのですから。
「この投稿内容の核心が理解しやすい本」
・『繊細さんの本』(武田友紀)
・『嫌われる勇気』(岸見一郎/古賀史健)
・『反応しない練習』(草薙龍瞬)
・『人は話し方が9割』(永松茂久)
・『アサーション入門』(平木典子)
