80. 出世する人は、感情処理がうまい
その微笑みの奥に、揺るぎない「誠実」を宿して。
知識や技術を誇るよりも、周りの心が凪いでいられる自分でいること。
加納光|40年間、誰よりも「選ばれない理由」と向き合い続けてきたからこそ、伝えたいこと
一生懸命に汗を流しているのに、なぜか思うように評価が追いつかない。
そんなもどかしさを抱えている人には、ある共通点があります。
それは、決してあなたの力が足りないからではありません。
ただ、心を配る「ピント」が、ほんの少しだけずれているだけなのです。
「心の揺らぎ」が、あなたの背中を重くしていませんか。
目に見える成果を出し、
確かな実力を備え、
誰よりも豊富な知識を持っている。
それなのに、なぜか望むステージへ手が届かない人がいます。
その一方で、
決して目立つ存在ではなくても、
周囲に望まれ、着実に高みへと昇っていく人がいます。
この差は、一体どこにあるのでしょうか。
40年という歳月のなかで数多の組織の移ろいを見つめ続けてきた私が確信しているのは、誰からも信頼される人は、能力以上に**「自らの心の手なずけ方」**が驚くほど洗練されているということです。
たとえば、あなた自身にもこんな記憶はありませんか。
厳しい言葉を投げかけられて、一日中その痛みに囚われてしまう。
苦手な相手に対して、つい素っ気ない振る舞いをしてしまう。
憤りを感じると、知らぬ間に言葉が鋭くなる。
思うように認められないと、意欲の糸が切れてしまう……。
それは、ひとりの人間としてあまりに真っ直ぐで、自然な反応です。
けれど、背負うものが重くなるほど、あなたの心の波打ちは、周りの人々の心にまで波及していきます。
一人の機嫌が、その場の空気を重くし、
周りが声をかけるのをためらい、
大切な語らいが途切れてしまう。
そうなれば、より大きな未来を託すことは難しくなります。
反対に、誰からも愛される人は、
憤りを感じても自分の中で噛み砕き、
深く沈み込む日があっても歩みを止めず、
折り合えない相手にこそ、礼節を尽くします。
彼らに心がないわけではありません。自らの心をどう慈しみ、整えるかを知っているのです。
お店という営みでも、全く同じことが言えるでしょう。
店主の苛立ちが漂う店には、客足も遠のいてしまいます。
どんな時も清々しい充足感に満ちた店には、人も、幸いも、自然と集まってくるものです。
私はセミナーを通して、この「心の整え方」について説き続けてきました。
高い場所へ昇る人とは、周りの人々に余計な心労をかけない人なのです。
だからこそ、私は経営者の方々にも、管理職を育てる場面でこう問い直してもらいます。
揺さぶられた瞬間に、言葉を投げ返してはいませんか?
目の前の事実と、自分勝手な思い込みを、切り離せていますか?
募る想いは一晩抱きしめてから、言葉にしていますか?
人前で、自らの苛立ちをあらわにしてはいませんか?
苦手な人にこそ、真っ直ぐに、丁寧に接していますか?
自分自身の疲れを、誰かのせいにせず癒していますか?
そして、焦燥感に揺れるあなたには、こう伝えたいのです。
怒りを感じたときは、指先を止めて、すぐには返さない。
心が折れそうな日は、ささやかな手仕事だけを丁寧に続ける。
やり場のない想いをこぼす相手は、一握りの信頼できる人に留める。
言葉を発する前に、ひとつ深呼吸を挟むこと。
溢れそうな想いを一度書き留めて、言葉の棘を抜くこと。
眠れない夜を、そのままにしておかないこと。
実際、ある男性社員は「実力はあるはずなのに、なぜ昇進できないのか」と、深い孤独の中にありました。
お話を聞けば、不機嫌さがすぐに顔に現れ、
注意を受けると心を閉ざし、
苦手な相手をあからさまに避けていました。
そこで私は、何かを返す前に一呼吸おき、
感情を交えず、ありのままの事実だけを伝え、
表情と口調を柔らかく整えるよう伝えました。
ただそれだけで、周囲の彼を見る瞳は劇的に変わり始めました。
能力が増えたのではありません。「この人に任せたい」と思わせる、心の余白が生まれただけなのです。
あなた自身も、そうではありませんか。
どれほど腕が良くても、いつ機嫌を損ねるか分からない店には通いづらい。
いつも穏やかで、安定した真心を感じる店にこそ、また足を運びたくなるはずです。
人の営みは、とても自然なものです。
人の心は誰しも正直で、誰もが無理なく生きていきたいのです。
ガンバる時でも無理にならないように少し形を変えて前に進める。
だから、もっと自分を高めたいと願うときほど、
新しい知識を詰め込む前に、
「今の自分の心の揺らぎが、周りの人を疲れさせてはいないだろうか」と、自分自身に問いかけてみてください。
高みへと進む人は、決して冷徹な人ではありません。
自らの心を健やかに保つことで、周りの人々の安らぎを守れる人なのです。
