72. 相手を変えようとすると壊れやすい
握りしめたその手が、いつの間にか愛を締めつけてはいませんか。
変えようともがくほどに、ふたりの心は離れていく。
加納光|40年間、誰よりも「選ばれない理由」と向き合い続けてきたからこそ、伝えたいこと
一生懸命に汗をかいているのに、なぜか思うように評価が追いつかない。
そんなもどかしさを抱えている人には、ある共通点があります。
それは、決してあなたの力が足りないからではありません。
ただ、心を配る「ピント」が、ほんの少しだけずれているだけなのです。
「もっと」という願いが、見えない鎖にならないように。
もう少しだけ、声を届けてほしい。
もう少しだけ、優しく寄り添ってほしい。
言わなくても気づいてほしい。
私の寂しさを、分かってほしい。
誰かを想えばこそ、胸に芽生える自然な願いです。
けれど、40年という歳月のなかで数多の人間模様を見つめ続けてきた私が確信しているのは、相手を自分色に染めようとする力が強まるほど、絆は脆く、ほどけやすくなってしまうということです。
なぜなら、人は誰かに「作り変えられようとしている」と感じた瞬間に、心を閉ざしてしまう生き物だから。
たとえば、あなた自身にもこんな記憶はありませんか。
「どうして返してくれないの?」
「普通なら、こうしてくれるはずでしょ」
「前にも言ったのに、どうして変わってくれないの?」
たしかに、あなたの言い分は正しいのかもしれません。
けれど、そう迫られた相手の胸には、かすかな反発心が宿ります。
「窮屈だな」「責められているみたいだ」「自分という人間が否定されている」
そう感じてしまえば、どれほど正しい言葉であっても、あの人の心に届くことはありません。
お店という営みでも、全く同じことが言えるでしょう。
「選んでください」「今すぐ決めてください」「私たちが正しいんです」
そう強引に迫られるほど、お客さまはそっと身を引いてしまう。
人は誰かに動かされるよりも、自分の意志で選びたいと願っているのです。
私はセミナーを通して、この「心のあり方」について説き続けてきました。
商いも、恋も、相手を思い通りに操ろうとした瞬間に、大切な何かが壊れ始めます。
だからこそ、私は経営者の方々にも、人と向き合う時のあり方についてこう問い直してもらいます。
命令するのではなく、相手が選べる余白を残していますか?
責め立てるのではなく、ただ淡々と事実を伝えていますか?
焦らずに、長い月日をかけて育もうとしていますか?
相手が本来持っている気質を、正しく見つめていますか?
どうしても折り合えないときは、距離を保つ勇気を持っていますか?
相手を変える前に、自分自身の振る舞いを律していますか?
これは、愛し合う二人の間でも、何ひとつ変わりません。
実際、ある女性は「彼をもっと、筆まめでマメな人に変えたい」と、ひどく思い悩んでいました。
お話を聞けば、何度も注意を重ね、誰かと引き比べ、やり場のない不満をぶつけ続けていました。
けれど、その必死な願いとは裏腹に、彼の心はさらに遠のき、言葉を失っていきました。
そこで私は、本当に必要なときだけ、短く想いを届けるように伝えました。
それでも届かないのなら「この人とは合わない」と割り切る。
そして、彼を追うのをやめ、自分の人生を慈しみ、日常を取り戻す。
そうすることで、彼の振る舞いにも変化が生まれ、何より彼女自身の心が、驚くほど軽やかになったのです。
相手を作り直そうとするのではなく、ふたりの間の「距離の測り方」を整え直しただけなのです。
あなた自身も、そうではありませんか。
自分を変えようと躍起になる人には身構えてしまうけれど、
ありのままを認めてくれる人の言葉なら、素直に耳を傾けたくなる。
人の心は、無理に動かせるものではありません。
だから、苦しい関係に立ち止まってしまったときほど、
あの人を動かす魔法を探すのを、一度やめてみてください。
「あの人は、もともとどんな風に生きている人なのか」。
「自分は、どこまでを許し、どこからを譲れないとするのか」。
相手を作り変え続ける恋は、いつか疲れ果ててしまいます。
ありのままの姿で、心地よく響き合える相手を選ぶこと。
それが、穏やかな愛へのたった一つの近道なのです。
