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73. 離れた相手を追うほど遠くなる理由

遠ざかる背中を追いかけるほど、ふたりの距離は深まっていく。

繋ぎとめたいと願うその力が、時に相手を追い詰めてはいませんか。

加納光|40年間、誰よりも「選ばれない理由」と向き合い続けてきたからこそ、伝えたいこと

人一倍努力しているのに、なぜか思うように評価が追いつかない。
そんなもどかしさを抱えている人には、ある共通点があります。
それは、決してあなたの力が足りないからではありません。
ただ、心を配る「ピント」が、ほんの少しだけずれているだけなのです。


必死に伸ばしたその手が、見えない壁を作ってしまう。

不意に少なくなった連絡。
どこか他人行儀になった振る舞い。
前ほど求められなくなった、ふたりの時間。

そんな変化を感じたとき、胸の奥には冷たい不安が広がります。
「何か、気に障ることをしてしまったかな」
「まだ、私のことを想っていてほしい」
「あの日みたいに、笑い合いたい……」

そう願うのは、誰かを慈しむ人として、あまりに純粋で自然なことです。
けれど、40年という歳月のなかで数多の人間模様を見つめ続けてきた私が確信しているのは、離れていく相手を強く追いかけるほど、心はさらに遠くへ離れてしまうということです。

なぜなら、相手が心に幕を引こうとしているときに追いすがれば、
「重たいな」「責められているみたいだ」「心が休まる暇がない」
そんなふうに、息苦しさを感じさせてしまうからです。

たとえば、あなた自身にもこんな記憶はありませんか。

返信を待たせている間に届く、「どうしたの?」「何かあった?」という問いかけ。
「どうして無視するの?」「昔はそんなことなかったのに」という、やり場のない訴え。
たとえ、綴られた言葉がどれほど深い愛であっても、受け取る側にとっては逃げ場を奪う「重圧」へと変わってしまいます。

人は、自分の中に余裕がないときほど、追いかけてくるものに対して頑なに心を閉ざしてしまう生き物なのです。

お店という営みでも、全く同じことが言えるでしょう。
足が遠のいたお客様へ、毎日のように届く営業の知らせ。しつこい案内。
「今すぐ戻ってきてほしい」という剥き出しの願いは、かえって再会を遠ざけてしまいます。

私はセミナーを通して、この「心の機微」について説き続けてきました。
商いも、恋も、去りゆく予感のある相手に必要なのは、強引な力ではなく「たおやかな余白」なのです。

だからこそ、私は経営者の方々にも、人と向き合う時のあり方についてこう問い直してもらいます。

  • 追いかけるような連絡を、積み重ねすぎてはいませんか?

  • 焦る気持ちを一度あずけて、月日の流れを信じていますか?

  • あの人が置かれた今を、ありのままに見つめていますか?

  • 誰かを責める前に、自分自身の振る舞いを律していますか?

  • いつでも戻ってこられるような、柔らかな余地を残していますか?

  • ひとつの執着に、心すべてを支配されてはいませんか?

これは、愛し合う二人の間でも、全く同じことが言えるはずです。

実際、ある女性は「冷めてしまった彼を、どうしても取り戻したい」と、涙に暮れていました。
お話を聞けば、毎日のように連絡を絶やさず、
感情のままに長い手紙を送り、
「どう思っているのか」と答えを迫り続けていました。

そこで私は、あえて連絡を断ち、
自分自身の彩りある暮らしを取り戻し、
荒れた心を整えるように伝えました。
伝えたいことは、本当に必要なときにだけ、短く。
ただそれだけで、彼の反応には再び兆しが見え始めました。
魔法を使ったわけではありません。彼女が放っていた「圧」が、消えていただけなのです。

もちろん、どれほど尽くしても、戻らない縁もあるでしょう。
けれど、追いかけ続けることで幸せが戻ってくることも、また稀なのです。

あなた自身も、そうではありませんか。
ほんの少し独りになりたいときに、誰かに追いすがられれば、さらに遠くへ逃げたくなる。
けれど、穏やかに待っていてくれる人の元へは、ふと戻りたくなることがあるはずです。

人の心は、無理に手繰り寄せることはできません。

だから、あの人が遠くなったと怯えるときほど、
追いかける前に、自分の胸に手を当ててみてください。
「今のあなたは、愛情から動いていますか。それとも、独りになる不安に突き動かされていますか」。

遠ざかる心に必要なのは、力任せに手繰り寄せることではありません。
凛とした余白を持ち、ただ静かに現実を見つめる。その強さこそが、ふたりの物語を再び動かす鍵になるのです。

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