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影を愛することで、光が強くなった〜わたしの中の“ネガ”との向き合い方〜



“ネガティブ”って言葉は、
ずっと「敵」みたいに感じてた。

心が苦しくなるとき。
誰かに嫉妬したとき。
意味もなく涙が出て、夜が怖くなるとき。

「こんな自分じゃダメだ」って、
光に向かって必死に逃げてた。
だけど、逃げても逃げても、
ネガはまた静かに現れて、わたしの背中をトントンと叩く。

まるで、忘れ物を届けにきたみたいに。

 

昔は、ネガティブな感情が出てくるたびに、
“これは誰かの念だ”とか、
“波動が落ちてるせいだ”とか、
スピリチュアルな視点で分解して、
それを「浄化しなきゃ」と焦ってた。

だけどある日、ふと気づいた。

わたしがいちばん傷ついていたのは、
ネガを感じている“この自分”を責めていたことだった。

 

本当は、
ネガティブになっている自分こそが、
いちばん助けてほしかった存在だった。

涙を流して、怒って、寂しがっている小さな“わたし”が、
ずっと奥のほうで手を振っていた。

「見てほしい」って。
「無視しないで」って。

 

ある日、瞑想してるときに、
ふいに昔の自分の感情が、
“まるで映像のように”心の中に現れた。

怒りも、悲しみも、悔しさも――
すべては、“自分を守るために生まれた感情”だったんだって、
そのときやっと、わかった。

 

わたしはその子に言った。

「ありがとう。
  ここまで守ってくれてたんだね。」

そう言った瞬間、涙が溢れた。
今まで“浄化しなきゃ”と思っていたものが、
実は“ずっと味方だった”と気づいた瞬間だった。

 

それからわたしは、
ネガティブな感情が出てきたとき、
「消そう」とするんじゃなくて、
「聞こう」とするようになった。

たとえば、こんな風に。

・なにが怖かった?
・どんな傷を抱えていた?
・なにを守りたかったの?
・わたしに、なにを伝えたかったの?

そうやって内側の声に耳を傾けるたびに、
少しずつ、心の闇がやわらいでいった。

 

ネガティブは、敵じゃなかった。
わたしの中の“光の番人”だった。

あまりにも痛みを知っていたからこそ、
それ以上傷つかないように、
影の中でわたしを守ってくれていた存在。

 

今でも、ネガは出てくる。
それはたぶん、生きてる証だから。

だけど前みたいに責めなくなったし、
“その感情ごと光に包んであげる”ってことができるようになった。

 

ネガティブを抱えたままでも、
人は優しくなれる。
痛みを知った分だけ、誰かの傷にも気づけるようになる。

そして、
影を抱きしめた人だけが放てる“深くあたたかな光”がある。

それは、ただポジティブな人には出せない波動。
“闇をくぐった光”だけが持つ、特別な輝き。

 

わたしは今日も、
心に影が差すとき、そっと話しかける。

「おかえり。
 いてくれてありがとう。
 もう、光の中で一緒にいていいよ。」

 

そして、影と手を繋いだまま、
わたしは光のほうへ歩いていく。

もう、怖くない。

影を愛することで、
わたしの光は、前よりもずっと――
強く、やさしくなった。



影の奥には、ほんとうのあなたがいる。
それは敵じゃなく、かつてのあなたの“守護者”。
光だけじゃ、輝きは生まれない。
あなたの光を育ててきたのは、
いつもそばにいた“影”なのだから。



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