おじ旅〜西国巡礼;兵庫五ヶ寺を周ってみた(1)円教寺編
デトックス旅
生きていると人生の澱とも言える、様々な負の感情の蓄積を感じる。嫉妬、恨み、怒り等々。
空気を読むことが下手なくせに、人の気持ちの裏側を深読みして、疲れきってしまう。生きづらさからついつい自虐的になり、さらに負の感情を溜め込む毎日。
何となく始めた西国巡礼も、今回の旅は明確に目的を決めて出かけることにした。
人生のデトックス。仏様とのご縁をいただき、昨日まで知らなかった出会い、知識を得て、溜まった澱を洗い流す。いささか勝手だが、御利益にすがることにした。
第二十七番札所 書寫山円教寺へ
自宅を未明に出発し、山陽道山陽姫路西IC経由で4時間あまり。私も密かに憧れた札所の一つに到着した。

厳密にいうと、ロープウェイの山麓駅に着いただけだが、駐車場が広い。広すぎて、乗り場がどこか分からなかったが、実は目の前にあった。
往復1,200円は時間の節約代と割り切る。
ゴンドラでは、親父たちがはしゃいでいる。私も童心に帰り、ワクワクしてきた。眼下には刈り入れ間近の田も広がる。
稲雀 寝ぼけ眼に 鐘を聴き 勘助

山頂駅を降りると、空気感が違う。期待感がいやでも高まる。入山に500円、本堂前までバスを使うとさらに500円。ここも時間を買う。
満席のバスは、ちょっとしたアトラクションだった。木々の合間の急坂を結構なスピードで走り抜ける。アップダウンも激しく、悲鳴が上がるのを運転手も楽しんでいるようだ。


重厚な摩尼殿は、昭和の再建というから驚かされる。拝殿まで駆け上がり、作法によりお参りする。一緒にバスで来た団体客が手順に戸惑うなか、慣れた手付きの巡礼者も2、3名みえた。
広い拝殿は人が多少いても、圧迫感が全くない。脇に寄り読経を始めると、聖域の木々が風を送り、言霊を本尊に届けてくれる。涼やかな風が身体の中を通り抜けるのを感じた。これだから、お参りはやみつきになる。
先達さんもみえ、静かにお祈りされた。それぞれのお参りがあり、それぞれの風が流れる。
きちんとお参りし納経帳を差し出せば、職員さんも丁寧に対応してくださる。良くお参りいただきました、と言われれば何か救われた気になる。

摩尼殿のご本尊は如意輪観音菩薩。十一面観音も美しいが、この気怠げにも写る姿も愛おしい。



一通り、名所を観て回った。三之堂の広場はロケ地で有名だ。食堂には伝定朝作の仏像もいくつかあり、眼福を味わう。

少し歩くが開山堂を観に行く。左甚五郎作と言われる軒下の力士像を見てみたい。

力感のある像が、悲壮感を漂わせて大屋根を支えている。四隅のうち、見えない北西の力士は重さに耐えかねて逃げ出したそうだ。残された三体が、要領の悪い自分に重なる。
頑張っているね。皆んな君の頑張りを知っているよ。応援しているよ。
本当は、そんな言葉を自分にかけて欲しいのかも。いやいや、まだデトックスできていないか。
時間の都合もあり、摩尼殿前に戻りバスに乗る。本当は仁王門も観て歩きたいが、また訪れるご縁をいただき、ゆっくり周るとしよう。
山麓に戻ると、一乗寺を目指す。新たな出会いが待っている。
