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からだは、知っている

〜 本能という最古のナビゲーターが黙らされた話 〜


あなたの身体は、嘘をつかない。

眠いとき、眠れと言っている。
疲れたとき、休めと言っている。
怖いとき、逃げろと言っている。
悲しいとき、泣けと言っている。

それは弱さではない。
それは、何百万年もかけて磨かれた、命の知恵だ。


動物は、逃げる

草原に一頭のシマウマがいる。 ライオンの気配を感じた瞬間、彼女は走る。 全力で、迷わずに。 「逃げたら恥ずかしい」などとは、微塵も思わない。

逃げることは、生きることだ。 それが自然界の、当たり前の知恵だ。

ライオンから逃げ切ったシマウマは、数分後にはまた草を食んでいる。 恐怖を引きずらない。 「あのとき逃げた自分」を責めない。 ただ、今ここで生きている。


人間はどうだろう。

嫌な職場から、逃げられない。 苦しい関係から、離れられない。 傷つける言葉を投げる相手から、距離を置けない。

「逃げるのは負けだ」と、誰かに言われた。 「もう少し頑張れ」と、自分に言い聞かせた。 そうして、からだが悲鳴を上げるまで、その場に留まり続けた。

シマウマが正しくて、私たちが間違っているわけではない。 ただ、人間は「社会のルール」を「自然の摂理」より上に置いてしまった。

逃げることは、本能だ。 本能は、命を守るためにある。


食べすぎで、死んでいく

地球上で、食べすぎて死ぬ生き物がいる。

人間だ。

飢えで死ぬ命が今もある一方で、別の場所では飽食が命を縮めている。
糖尿病、高血圧、肥満——
豊かさが引き起こす病が、現代の死因の上位を占めている。

動物は腹が満ちれば食べるのをやめる。
狩りに成功した狼は、腹いっぱい食べたら、もう獲物を追わない。
次のために、残す。 足りたら、止まる。

人間は違う。
腹が満ちても、テレビを見ながら食べ続ける。
ストレスがあると、食べることで埋めようとする。
「もったいない」という感情が、からだの声を黙らせる。

これは意志の弱さではない。
社会が「もっと」を美徳にしたからだ。
「足りている」という感覚を、誰も教えてくれなかったからだ。

からだは最初から知っていた。
どこで止まればいいかを。


人間だけが、自ら死を選ぶ

これは、重い話だ。 でも、避けて通ることのできない話だと思っている。

地球上に無数の生き物がいる。 その中で、自ら命を絶つのは、人間だけだ。

動物には、「もう生きていたくない」という感情が生まれない。 どんなに傷ついても、どんなに弱っていても、生きられる限り生きようとする。 それが本能だから。

では、人間に宿ったその苦しみは何なのか。

それは、「意味を失った痛み」だと私は思う。

お腹が空いても食べられない痛みは、動物も知っている。
しかし「自分がここにいる意味がわからない」という痛みは、
人間だけが知っている。

これは、知性の代償かもしれない。
言葉を持ち、未来を想像し、自分を客観視できる知性。
その同じ力が、時に自分自身を追い詰める刃になる。

社会が人間に「意味」を求めすぎたのだ。
役に立つか。 生産性があるか。 成果を出しているか。

そのどれも満たせないとき、人は自分の「存在の価値」を疑い始める。

でも、桜に「何の役に立つのか」と問う人はいない。
川に「生産性を証明しろ」と言う人はいない。

あなたが今日も息をしていること。
それだけで、宇宙の一部だ。 それだけで、十分だ。


からだの声を、もう一度聞く

眠い。
休みたい。
逃げたい。
泣きたい。
ひとりになりたい。

それは、わがままではない。
それは、あなたの命が発している信号だ。

何百万年も命を繋いできた、先祖たちの知恵が、
今のあなたの身体に宿っている。
その知恵が「もう限界だ」と言っているとき、
社会の声より、その声を信じてほしい。

からだは、知っている。

どこへ行けばいいか。
何を手放せばいいか。
いつ、立ち止まればいいか。

それはずっと前から、あなたの中にある。


夜、眠れない日があるとしたら。
朝、起き上がれない日があるとしたら。

それはあなたが弱いのではない。
それはからだが、正直なのだ。

その声に、少しだけ従ってみてほしい。

シマウマが逃げるように。
狼が満ちたら止まるように。
ただ、今の自分の命に、正直に。


次回:「増え続けるものは、やがて崩れる」——
自然界に存在しない「無限成長」という幻想

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