見出し画像

「お母さんが変わる」ということの本当の意味

親の時間軸ではなく、子どもの時間軸で見る


「親の時間軸ではなく、子どもの時間軸で見てあげてください」


この言葉は、先日参加した不登校の講演会で聞いて、強く心に残ったものです。

私たち親は無意識のうちに、
年齢、学年、世間の基準、将来への不安といった“親側の時間軸”で子どもを見てしまいがちです。

「もう中学生なのに」
「もう〇〇歳になるのに」
「同じ年の子はもう動いているのに」
「このままで間に合うのだろうか」
「社会とつながれないんじゃないか」

その物差しで測るほど、
親の心は焦り、苦しくなっていきます。


その子にはその子のタイミングがある


でもきっと、
動き出す時期も、
立ち止まる意味も、
何を選び、何を選ばないかも、
その子の内側の感覚や準備が整ったときに、自然と訪れるものなのだと思います。

不登校という状態も、
「遅れている」のではなく、
「その子の人生のプロセスの一部」なのだと捉えると、見える景色が変わってきます。


「お母さんが変わる」ということの本当の意味


ここで大切になるのが
「お母さんが変わる」という視点です。

それは、子どもを変えることではありません。
子どもを動かすことでも、無理矢理に従わせることでもない。

親の側が
・自分の不安の時間軸
・社会の基準の物差し
・「こうあるべき」という期待
を外して、

「この子には、この子の時間が流れている」と認めること。


コントロールから、信頼へ


つまり、
コントロールから信頼へ、
焦りから尊重へ、
管理から伴走へと、
親の在り方が移行していくことなのだと思います。

子どもは自分の人生を生きています。
動く時も、止まる時も、迷う時も、
すべてその子自身の選択のプロセス。

親ができるのは、
ハンドルを握ることではなく、
その隣に座って「信頼のまなざし」でいること。


子どもの時間軸に合わせるということ


「親の時間軸ではなく、子どもの時間軸で見る」とは、子どもを信じると同時に、
“待てる自分”を信じるということなのだと感じています。

そして、何より大切なのは、
子どもの心が癒えること。

勉強や進路や社会復帰よりも前に、
まずは心が安心で満ちること。

子どもは親にわかってもらってもらって安心したい。安心安全が満ち自分を信頼できるようになれたら何かしたいという気持ちが湧いてくる。
子どもの心が癒えたとき、
その子自身のタイミングで、
また自分の足で歩き出していく。

親にできるのは、そのプロセスを信じて待つこと。

そうはいっても、
頭ではわかっていても、心はそう簡単には追いつかないときもある。

「子どもの時間軸で見よう」
「信じて待とう」
そう思えば思うほど、

不安が出てきたり、
焦ってしまったり、
胸がぎゅっと苦しくなったりする。

「頭ではわかってるんだよ」
「信じたいのに、信じきれない」
そう言いたくなる時もあるし、
そんな自分に、がっかりしてしまうこともあるかもしれない。

でも、それだけ本気で
我が子のことを想っているということ。

揺れるのは、弱いからじゃない。
愛しているから。

今日信じられなくても、
また明日、少し信じてみる。
それでいい。

その繰り返しの中で、
少しずつ、
親の時間軸から子どもの時間軸へ、
心が近づいていくのだと思います。



いいなと思ったら応援しよう!