ノートなんて、もっと適当でいい、『ちゃんと書く』をやめてみた
とってもゆるいノート術の本を読みました。
それ以来、私は一冊のノートに、なんでもかんでも書いています。
予定も、ToDoも、その日にあったことも、読んだ本のことも、ふと思いついたことも。
おかげで今、私のノートはとってもカオスです。
でも、それがなんだか楽しい。
これまで私は、ロルバーンLを目的別に何冊か使い分けていました。
最初のうちは、それが楽しかったんです。
これは日記。
これは読書。
これは編み物。
これはあれこれ考えるためのノート。
そんなふうに分けて書くことそのものを楽しんでいたのですが、だんだん書けなくなってきました。
どうやら、ノートを書くことへのモチベーションが下がってしまったようです。
とうとうメインにしていた日記・雑記・メモ用のロルバーンまで、あまり開かなくなりました。
仕方がないので、予定とToDoを書いているバイブルサイズのシステム手帳に、その日の出来事だけを箇条書きでちょこちょこと書くようになりました。
「あとでロルバーンにちゃんと書き直そう」
そう思っていました。
ところが。
全然、書き直す気にならない。
手帳に書いた数行を眺めながら、まあ、そのうち……と思っているうちに、どんどん日にちだけが過ぎていきました。
そんなときに読んだのが、るかさんの「一生使える『書く習慣』の楽しみかた』というKindle本でした。
そこで紹介されていたのが、とてもシンプルなノートの使い方でした。
予定も、ToDoも、日記も、読書の感想も、ちょっとしたメモも、一冊のノートに書いてしまう。
まず日付を書く。
そして「・」をつけて、その日にあった事実を箇条書きにする。
そのあとに「→」をつけて、自分が思ったことや感じたことを書く。
「→」は、書きたいときだけでいい。
なんなら「・」だけでもいい。
そして、余白はたっぷり取っておく。
あれ。
これって、私が仕方なくシステム手帳に書いていたのと、そんなに変わらないじゃない。
そう思いました。
これなら、あまり気分が乗らない日でも書けます。
何か気の利いたことを書こうとしなくていいし、文章にまとめなくてもいい。
「今日はこれをした」
それだけでもいい。
この「それだけでもいい」というのが、今の私にはとてもよかったみたいです。
そして、このノート術では「振り返ること」も大切にされています。
一日の終わり、週の終わり、月の終わり、一年の終わり。
それまで書いたものをざっと読み返して、残しておきたいことや大事なことがあれば、別の場所に転記する。
余白に赤ペンで、その後に思ったことを書き加えてもいい。
振り返りながら、ハビットトラッカーをつけてもいい。
転記する場所は、同じノートの後ろのページでもいいし、別のノートでもいい。
細かな決まりに縛られるというより、自分なりに使いやすくしていけばいいようです。
ここに書いたほかにも、もう少し細かなルールや工夫があります。気になる方はKindle Unlimitedでも読めますので、ぜひ本を読んでみてください。
私はまだ、この方法で書き始めたばかり。
だから、まだ本格的な「振り返り」はしていません。
でも、一冊のノートに何もかも書いていい、というだけで、ずいぶん気が楽になりました。
日記だからちゃんと文章を書かなくちゃ、とか。
この話はこっちのノート、このメモはあっちのノート、とか。
そんなことを考えなくていい。
とりあえず、今日の日付を書いて、
・○○した。
→楽しかった。
それで終わってもいい。
ページの途中で一日が終わったら、その下に次の日の日付を書けばいい。
きれいに一日一ページに収めなくてもいい。
そうしているうちに、私のノートはますますカオスになってきました。
でも不思議なことに、きれいに整えていた頃より、今のほうがノートを開くのが楽しいのです。
もしかすると私は、ノートまで「ちゃんとやろう」としすぎていたのかもしれません。
ノートなんて、もっと適当でいい。
字が乱れていてもいいし、数行しか書かない日があってもいい。
昨日の続きと今日の予定と、読んだ本の感想が同じページに混在していたっていい。
だって、誰に見せるわけでもない、私のノートなのだから。
さて。
次に考えているのは、振り返ったときに「これは残しておきたい」と思ったことを、どこへ転記するかです。
新しいロルバーンを一冊用意するか。
それとも、バイブルサイズのシステム手帳にまとめていくか。
せっかく「なんでも一冊」にして気楽になったのに、ここでまたノートを増やそうとしている私。
……ちょっと危ない気もします。
どちらがいいですかね。
最後までお読みいただきありがとうございます。
