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ドクター・ドリトルによろしく


序章 私の歌を聴け

國學院大學によるコンテストのテーマが「#今年学んだこと」とのことですので、國學院大學とは縁もゆかりもございませんが、私も僭越ながら「#今年学んだこと」をテーマに少し語らせていただいてもよろしいでしょうか。
まず一つ目は、「“國學院大學”という文字は、私が思っていたよりも途方もなく画数が多いな」ということです。
これが今年最大の学びであり、気づきであったわけですが、私も教育関係職の末席を汚す身。他にも学んだことがございますので、どうかしばしお付き合いくださいませ。

第一章 ねじまき男クロニクル

私はこのnoteを”天狗の河童”という名義で更新していますが、なぜ天狗で、なぜ河童なのか。その辺りをまずお話ししたい。
noteを始めるにあたり、私は何らかのオブラートで己を包み隠したかったのです。等身大の私はたいそう卑屈でひねくれており、矮小なもので、人前に開陳するには忍びないのです。私の器量をこの世のものに無理やり喩えるなら、ヤクルト400ほどの容量しかなく、めいっぱい背伸びしてようやくY1000といったところです。
Y1000のように睡眠の質を高める霊験あらたかさでもあればまだしも、実際の私は、ガンバ大阪が負けるたびにもんどりうって憂鬱な月曜日を迎えるだけの小市民でしかありません。
長所より短所の方が多いことは火を見るより明らかです。私自身をコーンフレークの栄養表示のようにレーダーチャート化したなら、凹の部分が多すぎて、逆に万能性すら湛えて見えるのが不思議です。そして足らずをごまかすかのように、私は今日も牛乳を飲むのでありました。

このようなちっぽけな私の日常を、凹レンズのようなフィルターで投影すれば、見るに堪えないどころか、小さすぎて視認することすら困難でしょう。
だからこそ私は、noteの中だけでも、あえて“天狗”となって、独尊的な振る舞いをしようと臍を固めたのでありました。
しかし、ただただ天狗然とした独白では鼻につきます。そこで私は、尊敬してやまない大学時代の友人から「河童」の血を少々輸血していただくことにしたのでありました。

第二章 河童をめぐる冒険

その友人は、自身の身体をめぐる約5リットルの血液のうち、ヤクルト一本分程度は河童の血が流れていると信じて疑わない男でした。そして病的なほど河童が好きで、人よりちょっぴり繊細な心を抱えた男でもありました。
医学部生として日々多忙を極める彼を、自堕落な生活を営む腐れ文系大学生の私が励ますといういびつな構造が大学1年の夏にはしっかりと建造され、その当時の関係が30代半ばの今日まで連綿と続いております。
医学部生でありながら、かっぱ寿司への就職を本気で検討しだした時、彼は「好きなことを仕事にしたら、いつか“好き”が嫌いになるかもしれない。僕は本当にかっぱ寿司の店員としてやっていけるのだろうか」と悩んでおりました。
そんな彼に私は「かっぱ寿司は君の同族をマスコットにして見世物にしている会社ですぜ。もし君が真に河童なのであれば、もっと世のため河童のために力を振るうべきではないかね」と助言し、彼を思いとどまらせたのです。
その結果、彼は順当に医学部を卒業していったのでした。
また、大学卒業後は研修医として医療に従事する中で、「河童の私に人間の病が治せるのだろうか」と弱音を吐いたこともありました。私は彼が弱気になるたびに「河童にとっての人間は、人間にとっての犬のようなものだ。獣医になったつもりで臨めばよいのだ。ただの獣医ではない。患者の言葉がわかる、ドクター・ドリトルのような偉大な獣医だ」と励ましたものです。
そして彼は、今日も今日とて、日本のどこかで、人間と、人間界にひっそりと生きる河童の両方の命を救っているのです。
そんな悩みがちで、繊細な男ではありましたが、それでも私は出会った頃からずっと彼を心から尊敬しておりました。それは何より、彼が「好きなものを好きだ」と胸を張って言える男だったからです。
一方の私は、「趣味は何?」という問いすらまともに答えられないのです。本当は「読書だ」と言いたいのですが、そこには私なりの事情があるのです。

第三章 趣味を持たない天狗と、河童の巡礼の年

これは私の偏屈な価値観ですが、私にとって“読書趣味”を名乗るには、単純な読書量だけでは不十分で、読むべきものを読んでいるか、すなわち“村上春樹”を通っているかが重要なのです。
後進への影響力を鑑みれば、“村上春樹”は日本に住まう読書人の必履修科目といって差し支えありません。
「私の趣味は読書です。村上春樹は読んだことありませんが、自己啓発本を年間100冊読みます」などと言う阿呆が現れたなら、私はこう言います。
「お前の趣味は自己啓発であって、読書ではない」

「旅行雑誌やレシピ本はよく読みます」
「それは旅行好きの料理好きだ」

そんなこんなで私は、“村上春樹”を通っていない者を一切万有、天地万物、森羅万象、“読書趣味”とは認めていないのです。
さて、満を持して誰一人として興味がないであろう私の読書遍歴を語ります。
幼い頃から児童文学には親しんでいましたが、私が読書人生を本格的に始めたきっかけは、国語の教科書で出会った中島敦『山月記』と、夏目漱石『こころ』でした。とりわけ夏目漱石には衝撃を受け、高校時代は夏目漱石を中心に、やがて大学生になると内田百閒に傾倒していったのです。
現代小説も気まぐれについばむように読み、量だけでいえば高校時代にはすでに“読書趣味”を名乗って差し支えない自負がありました。ちょうどその頃、村上春樹の『1Q84』が刊行されたのでありました。
『アフターダーク』の頃はそこまで読書に傾いていなかったので気にも留めなかったのですが、『1Q84』の刊行時には「私は読書家である」という誇りを持ち始めていました。しかし世間は五年ぶりの村上春樹の新作に沸き立ち、普段本を読まない人々までがこぞって書店へと向かっておりました。そして私はそんな社会の情勢を横目に、「私はミーハーとはわけが違うのだよ」と、“世界の終わりに現れたハードボイルド”を気取って、”ちくま文庫版の内田百閒集成を何冊か重ねてレジに向かう自分”というワンダーランドに酔いしれていたのです。
その結果、”今さら村上春樹をレジに持っていくのが恥ずかしい”という自意識だけが肥大し、彼の作品を一冊も読まずに今日に至ったのでありました。
同じ理由で、異様な刊行ペースとマルチジャンルな作風で他を駆逐し、良質な映像化で広がり切った裾野をさらに伸張せんとする現代大衆文学の帝王、“東野圭吾”の作品も一冊たりとも読んでおりません。
こうして私は、”読書趣味を自負するがゆえに春樹を読めず、春樹を読まぬがゆえに読書趣味を名乗れない”という袋小路に迷い込んだのです。結果として、「趣味は何?」という問いに対する答えを見失ってしまいました。

第四章 父とその不確かな髪

私から見ると、周囲から両手両足の指すべてで後ろ指を差されようとも「私は河童をこよなく愛し、目に入れても痛くない」と宣言する彼は、まぶしい存在でした。
今、一児の父となった私が彼の言葉を反芻すると、河童が子どもや孫と同じ価値を持つはずはなく、もし右目に愛息、左目に河童が飛び込んできたら、私は迷わず左目を閉じてウインクをすることでしょう。それでも彼はひるみもしないのです。
最近の彼の悩みは薄くなりつつある頭皮で、先日こんなメールをいただきました。
「母はカルロス=バルデラマのような毛量をしている。一方、父の頭頂部はノリタケのソーサーと見紛うような光沢がある。ゆえに河童の血はおそらく父方にあると思うのだよ。私は父を大いに尊敬しているし河童の血も誇らしい。しかし人間界に生きる上で頭頂部に皿を備えるのは本意ではないのだ。ゆえに、この局地戦においては母の遺伝子よ、負けてくれるなと願ってやまない」

私はこのメールから改めて学んだことがあります。
1、河童は些細なことで悩みがち。
2、河童は少し髪が薄い。
3、好きなことにまっすぐ生きる姿は、人も河童も美しい。

終章 ダンス・ダンス・ダンス

noteに出没する私は、傲慢な天狗の仮面をかぶった繊細な河童です。
その生態は私自身にもよくわかりません。
それでも天狗の仮面の目穴から、大好きなものを見つめていたい。
河童の血が沸き、肉躍るままに。
好きな音に乗って踊っていたい。
この世界に、踊る阿呆と見る阿呆がいるならば、
踊る阿呆の側に立ちたい。
せめてnoteの中だけは――そんなことを思うのでした。

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