小説『英雄』 前編
「おい、なんとか言ってみろよこの弱虫。」
吉岡正は目の前の少年に殴られて尻餅をついた。そのままうつむいていたら、今度は顎を思い切り蹴られ、仰向けに倒れてしまった。ギリギリと頭に響く顎の痛みに耐えながら、彼はぎゅっと目を瞑り、相手が自分への興味を失いどこかへ消えてくれることを願った。しかしそんな思いもむなしく、少年はどこへもいかないばかりか脇腹にもう一発蹴りをお見舞いしてみせた。腹部全体を貫いた重く鋭い痛みに耐えかねて、吉岡はほろほろと涙を流した。それを見たいじめっ子達は、意地の悪い笑い声をあげながら彼を好き放題に罵った。
「あっ、こいつ泣いてやがんの。」
「だっせー!ちょっとぶん殴って蹴り入れてやっただけじゃんか。」
「ほらほらどうした、泣いてないでやり返してこいよ。なんもできねぇのかよもやし野郎。」
「前から思ってたけどよ、こいつもしかして女なんじゃねーの?だからナヨナヨしてるし、弱っちいし、やり返す度胸もねぇんだろ。」
「あー、マジでそうかもしんねぇな。おい、ちょっとズボン脱がしてちんこついてんのか見てみようぜ。」
吉岡はパンツのベルトを掴み、数人がかりで服を脱がそうとしてくるいじめっ子達へ必死に抵抗した。先の暴行により意識が朦朧としてはいたが、辱めを受けることだけは死んでも嫌だった。せっかくの土曜日、ただのほほんと散歩でもしながら過ごしていたかっただけなのに、所持金を奪われ、公園に連れてこられて暴行を受けたあげく、人としての尊厳まで失いたくなかった。ここでズボンを取られてしまったら、これから先まっとうに生きていくことができなくなるに違いない、そんな未来への恐れが、吉岡の両手に限界を超えた力を与えたのだ。しかしたった一人の、ましてや非力な子供の力など脆いもので、数分して彼の力が緩んだ隙に、いじめっ子の一人がパンツと下着を一気に引っぺがして片を付けてしまった。
裸の尻を通して伝わってきた冷たい地面の感触が、彼を惨めな気分にさせた。やりきれなくなった吉岡はぎゅっと目を閉じた。そして、これまでに体験した楽しい思い出を記憶の中から引っ張り出してこようとした。思い出に浸り、辛い現実から目を背けるためだった。しかし、何も思い出せなかった。されるがままに殴られ、蹴られ、最後の抵抗もむなしく尊厳を奪われた、その事実が頭の中で大きな存在となり、他に考える余地を与えなかったからだ。もはやどこにも逃げ場などないことを悟ってしまった吉岡は、青々として無情な空の下、スマートフォンを取り出して自らの股間を撮影しようとするいじめっ子達を、まるで他人事のように、ただぼんやりと見ていたのだった。
「そこのお前ら、いいかげんにしろや!!」
いじめっ子達は声のする方へ一斉に振り向いた。視線の先にあるすべり台の、そのてっぺんに、赤いマントを羽織った少年が腕を組んで立っているのが見えた。顔は怒りに満ち満ちており、離れた場所からも眉毛が釣り上がり眉間に皺が寄っていることを確認できるほどだった。ふと、少年は「応ッ!!」と叫ぶやいなやパッと手すりを飛び越えて地面に降り立ち、ザッザッと大きな足音を鳴らしながらいじめっ子達の方へ向かっていった。
近づいていくごとに段々と明らかになっていくその体躯は、中学生くらいの子供とは思えないほどに立派であった。いじめっ子達4人の中で一番背丈のある杉山要と比べてもほとんど変わらないほどに背が高く、胸には鉄板を何枚も重ねているかのような厚みがあり、総じて恐ろしく強靭に見えた。ハーフパンツからのぞく太ももはがっしりとして太く、ゆくゆくは競輪選手かと期待させるほどの、逞しい肉の付き方をしていた。広い肩幅から伸びている腕もまたいかめしく、組んだ腕に浮き出た血管はピクピクと脈打っていた。天からの授かりものに奢ることなく、日夜鍛錬に明け暮れたことが垣間見えるような、素晴らしい肉体であった。
いじめっ子のうちひ弱そうな三人は、一目見ただけでその逞しさに圧倒されて萎縮してしまい、各々さっと目を逸らして彼の放つ威容に飲まれまいとした。しかし杉山だけは別格で、まったく怖気づくことなく胸を張り、逆に少年の顔を鋭く睨みつけてみせた。少年も負けじと睨み返しながら距離を詰めていき、気づけば、二人の距離はあと少しで鼻先が当たってしまいそうなほどに接近していた。そのまま硬直する二人の間で、猛烈な怒りと怒りのぶつかり合いが発生した。空間の歪みを引き起こしかねない極度の緊張状態が、じりじりと、長々と続いた。
そして不意に、杉山が啖呵を切った。
「誰だてめぇ。横から入ってきやがって。何様なンだよ。」
「お前こそ誰だ。人に名前聞くんだったらまずてめぇから名乗れや。」
「あぁ?舐めてんじゃねぇぞ?ダッセぇマントなんか羽織りやがって。てめぇなんかどうせチン毛もはえてねぇクソガキだろ?」
「中ニにもなりゃあよ、んなもん誰でも生えてるもんだろフツー。まさか、おめぇ生えてねぇの?ダッセー!」
「てめぇっ、なに律儀に答えてんだ殺すぞ!てめぇの産毛みてえなチン毛なんざどうだっていいんだよ!」
「おーおームキになっちゃって。図星突かれたのがそんなに悔しかったのか?」
「このっ...て、てめえ、うざってえんだよ!黙りやがれ!」
杉山は思いっきり力を込めて少年の右頬を殴った。まるで石の壁を殴ったかのようだった。右拳にうっすらと血が滲んだ。対する少年はたらりと鼻血を流したが、表情はほとんど変わっておらず、杉山による突然の攻撃にもまったく動じていないようだった。
「なんだ、この程度か。でかい図体してるくせに大したことねぇな。」
「ほざいてんじゃねぇ!」
杉山は少年の鳩尾にアッパーを食らわせた。鉄の板を埋め込んであるのかと思えるほどに硬かった。右拳に滲んでいた血が一筋の流れとなって手の甲を伝っていき、地面にぽたりと落ちた。拳骨がじんじんと震え、痛みが二の腕を通って肩まで響いた。杉山は苦痛に顔を歪ませそうになったが、すんでのところで堪え、すかさず無事な左手で少年の胸ぐらを掴んだ。
「フン、見てくれはでけぇみてぇだけどよ、大したことなさそうだな、あと二、三発もありゃてめぇなんざぶちのめせるぜ。」
杉山は少年の鼻に唾を吐きかけた。
「うっ、くっせーなぁお前の唾。最後に歯ァ磨いたのいつだ?」
「あぁ??てめぇの口臭のがくせぇんだよ。死ねや、クソカス。」
「ハッ、よぉーく口が回るやつだなだなお前も。パンチは大したことねぇけどな。」
「クソが、好きなだけ言っとけや。てめぇなんか、最後にはどうせ俺のパンチでくだばんだからよ。」
「くたばるって、俺がか?冗談だろ?」
「あ?なんだてめぇ、俺の方が先にくたばるってか?ありえねぇ。俺はぁ、ここに立ったまま、てめぇは、あそこで、ちんこだしてるだせぇヒョロガリみてぇに、無様に、ぶっ倒れて、おっ死ぬんだよ!わかってんのか!?」
「フン、俺はくたばらねぇ。そしてお前も、もちろんくたばらん。フ、フッフフフ、いやぁ、マジでさ、俺が優しいやつでよかったよなぁ。そうじゃなきゃとっくにお前、腹抱えて大量に血吐き出しながら地面に這いつくばってたところだったんだぞ?感謝しろよな。」
杉山は振りかぶっていた左拳の動きを止め、きょとんとした表情を浮かべながら口を開いた。
「はぁ?お前、何言ってやがる。」
「言った通りだ。お前も俺もくたばらんし、なんならあいつもくたばらん。まあとりあえず黙って聞け。俺は弱いものいじめが大嫌いだから、あいつを救ってやりたい一心でわざわざここまできた。しかしな、俺はあまりにも強すぎるからお前のようなやつを殴るのも気がひけるんだ。だからな、お互い、いや、みんなのためにこうすべきだと思う。いいか?よく聞いとけよ?お前は気が済むまで俺を殴っていい。いくらでも、どこでも、好き放題殴っていい。あの程度のパンチなんか、俺には屁でもないからな。そのかわりあいつにパンツと下着を返してやって、すぐに解放してやれ。そして二度と虐めないと、約束しろ。」
杉山はこれを聞いて呆れ、拳を下ろし、ポケットからスマホを取り出して少年に背を向け、吉岡の方へとスタスタ歩いていった。少年はそれを見てしばらく呆気に取られていたが、カシャリというシャッター音を聞いてはっと我に返り、吉岡のいる場所まで歩いていってその肩をむんずと掴んだ。
「おい、お前俺の話聞いてたか?」
杉山はさっと身を翻してその手を振りほどき、少年の目をじっと見つめながら言った。
「要するにてめぇはデクの棒なわけだろ?何もしてこねぇんだったら怖くも何ともねぇし、殴ってたって面白くねぇわ。さっさとどっかに消えろよ。俺はこいつの写真撮るので忙しいんだからよ。」
彼はそう言い放つと再度吉岡の方へ向き直り、スマホを構えてシャッターを切ろうとした。しかしその手にもはやスマホは握られておらず、ただ鈍い痛みが、手の甲に残されているだけだった。彼は思わず右手を抑えて地面に目を向けたが、その時既に、彼のスマホは少年の足の下で粉々になっていたのだった。
「て、て、てめぇ!!何がやりかえさねぇ、だよ!嘘ついてんじゃねぇ!!なんてことしやがるんだ!!」
「ん?俺はお前のスマホに危害を加えただけでお前を殴ったわけじゃないぞ?あっ、もしかして手にあたっちまったのか?悪かったなぁ、痛かったよなぁ?よっぽど痛かったんだろうな、さっきのお前、顔引きつってたもんな。大丈夫でちたかー?慰めてあげましょかー?」
杉山は笑いながらそう話す少年への怒りから完全に我を忘れ、両拳で立て続けに彼の顔を思い切り殴ったあと、右足を高々とあげ、俊敏に体をひねって強烈な蹴りをぶちかました。少年の左頬に横一線の傷ができ、そこからだらだらと血が流れ出してきたが、彼は何もなかったかのように腕を組んで杉山の前に立ち塞がり、人を小馬鹿にするような調子で笑い続けた。
「おい、どうした?そんなもんじゃ俺は倒れねーぞ?そういやぁお前さっき、俺を殺すっていったよな?そんなパンチで、そんなキックで、本当に俺を殺せんのか?なぁおい?どうなんだよ。男に二言はないって、今までにてめぇの父ちゃんから言われたことなかったか?殺すっていったなら殺す、言ったなら言ったで、ちゃんと最後までやりきれよ。まぁ、無理だろうけどな。仲間の前でイキり散らかしたあげく、強がって『殺す』なんていっちゃってさ、どうすんだお前?ほんと、後先考えない、馬鹿だよなぁ?」
「クソが、血ぃ流してるくせに強がりやがって。絶対に殺してやる!」
そう言いながら拳を振りかざした杉山だったが、ふと冷静になってその拳を下ろし、呆然と立ち尽くして事の成り行きを見ていた三人の仲間を怒鳴りつけて近くへ呼び集め、こそこそと話し合いを始めた。そして、仲間のうちの一人が突如意を決したかのように顔を上げたかと思うと、大急ぎで公園から出ていった。残りの二人も彼の後を追って駆け出した。
「お?なんだ?あいつら帰らせたのか?ほーぉ、一対一でやろうってか、見上げた根性じゃねぇか。」
「フン、てめぇなんざ俺一人で十分だ。テメェはぜってー殺すって決めたからな。まずてめぇを殴り殺して、それからうしろのこいつも殺す。俺の大事なスマホを壊しやがったんだからな、オラ、てめぇも、てめぇも、二人とも、命で償いやがれよ、わかってんのか?なぁ!?」
杉山は未だ地面に横たわっていた吉岡の方まで歩いて行き、むき出しになっていた股間に蹴りを入れた。吉岡はううっと苦しげなうめき声をあげながら急所を抑え、うずくまった。
「俺にかなわねぇと思ったら、まぁた弱いものイジメかよ。ほんっとしょうもないなお前は!」
「るせぇ!どのみちニ人とも殺すんだからどっちから殺ってもいいだろが!」
杉山は少年へ突進をかまし、まったく相手が動かないとわかったら少し距離をとって体のあらゆるところを殴りつけた。両足を踏ん張り、体をぐっとひねっては即座に回転させ、自らの繰り出せる最上級のパンチを放ち続けた。下腹部、鳩尾、レバー、顎、こめかみ、鼻、目、などなど上半身で思い当たる急所の全てを、全身全霊を込めて何度も何度も殴った。そのうちに彼の両手の拳骨はどちらも皮がずるずるとむけて血まみれになったが、それでも構わず殴り続けた。いつしか、杉山の血液のために、少年の白いTシャツは拳の形をした赤黒い液体の染みで覆い尽くされ、その顔は血と自らの痣のためにおどろおどろしく変色してしまったが、少年はへらへらと笑ったまま、何事もなかったかのように平然とした調子で杉山の拳を受け止め続けた。このまま手で攻撃し続けても意味がないと判断した杉山はすっと拳を引き、体を半身にして、先のような強烈なハイキックを繰り出した。やはりびくともしなかった。もう一度、今度はこめかみにクリーンヒットさせた。少年は軽い軽いとでも言いたげに鼻で笑った。つま先に痺れを感じた杉山は体勢を立て直し、腹部と股間にそれぞれ二度ずつ膝蹴りを食らわせた。少年は一瞬だけ表情を曇らせたものの、すぐに元のへらへらとした顔に戻り、馬鹿にしたような口調でこう言った。
「金的って、そこまでやっちゃうのかよお前ー!あいにく俺のタマキンは鋼鉄でできてるから、お前のへなちょこキックなんかじゃビクともしねぇけどな。御愁傷様ー。うわ、お前、もう手が血だらけになってんじゃんか。弱っちい肌してんなぁ。はぁはぁ息も切らして、今にも膝に手がつきそうになっちゃってるし。おじいちゃんかよお前、だらしねぇなぁ、体力ねぇなぁ。このままじゃ将来運動不足で死んじまうぞ?その前に今ここで体力尽きて死んじまうか?そいつは嫌だよな、ん?ほら、どうする?この辺でもうとくか?尻尾巻いて帰るか?いいぞ、俺は。お前のこと許してやるぞ。でもな、帰るなら帰るでいいけど、ちゃんとあいつにパンツと下着をっ…。」
少年の後頭部に激痛が走り、目の前がぐらりと揺れた。上下にぶれる視界の中で彼が見たのは、手を真っ赤に染め上げた男が見せた小賢く醜悪な笑みだった。間髪入れずに、今度は右太ももの裏と背中に鋭い痛みを感じた。杉山の表情に何かを感じとった少年は咄嗟に後ろを振り返った。その瞬間、右目に何か固くて鋭いものが当たった。大きく仰け反った少年は思わず後ろに倒れ込みそうになったが、間一髪踏み留まって地面に目を向けた。そこには拳ほどの大きさの石が四個、まばらに散らばって落ちていた。顔を上げると、少し離れた場所に先ほど公園から出て行った三人のうちの二人が、ごつごつとした石を山盛りに積んだリヤカーをはさんで立っているのが見えた。と、彼の首筋を重苦しい痛みが襲った。振り返れば、杉山がもう一人の仲間と共に角材を持って立っていた。仲間のうちの一人、小柄で鼠のような顔をした少年が角材を振り回して少年の両脛を激しく打ち据えた。彼は強烈な痛みのために初めて苦悶の表情を浮かべた。杉山はそれを見て、笑いながら彼の顔に唾を吐きかけた。
「おう、さっきまでの威勢はどうしたよ。ちょっと石投げられて、角材で殴られただけでこれか?鋼のキンタマが聞いて呆れるぜ。なぁ篠田。」
鼠の少年は杉山と顔を合わせ、すきっ歯を覗かせながら品なく笑った。唇の端にたまった泡が、彼の汚らしい顔を際立たせていた。
「お前、こいつらをどっか行かせたと思ってたら、そんなもん持ってこさせてやがったのか。」
「おう、こいつの親父が土建屋でよ、いいもんめっちゃ持ってンだわ。こりゃあお前、ほんとに死んじまうかもしれねぇぞ?さぁ、どうするよ?まあ謝ったってゆるさねぇけどな。男に二言はねぇ、だろ?必ずお前を殺す。メタクソにぶん殴って、殺す。」
少年はそれを聞いてふっと笑った。そしてまた、ふふっと笑った。そのあとも、笑い自体は小さいものの、止まらず断続的に笑い続けた。ふっと、ふふっと、何度も何度も、小さな笑いを繰り返し、やがて少しずつ、少しずつ、笑い声は大きくなり、更に大きくなり、堪えきれず、決壊、最終的に、少年は腹を抱えて笑うに至った。逆上した杉山は、彼の頬を角材で思い切り殴りつけた。少年は口をもごもごさせたあとで、ぷっと何かを吐き出した。地面に落ちた血塗れのそれは、彼の奥歯だった。
「てめぇ、何笑ってやがる。殴られすぎて頭がおかしくなったのか?」
「いやっ、ふふっ、は、ははは、さっきから聞いてりゃ、まーザコが上から物言ってるのが可笑しくてよ。」
「あ?なんだと?」
「お前知ってっか?猛獣と人間の違いってやつ。ふつーの人間ってのは、あまりにも非力で熊やライオンに素手じゃ太刀打ちできねぇ。だから武器を持つ。それでまぁ対等ってわけだ。」
「てめぇ自分のこと熊だとでも思ってんのか?自惚れんな、歯欠けのザコが。」
少年はキッと杉山を睨みつけ、こう吐き捨てた。
「てめぇこそ自分のこと人間だと思ってんじゃねぇぞ。俺にとっちゃてめぇなんかミジンコだ。ミジンコが武器持ったところで痛くも痒くもねえんだよ!」
「ほざきやがれ!!!」
杉山による左こめかみへの攻撃を皮切りに、いじめっ子達による少年への攻撃は激しさを増した。背中には雨霰のように石が降り注ぎ、前面は角材による殴打の嵐だった。逃げ場などあるはずもなく、少年は目をかっ開き、足を肩幅まで広げ、両手の拳を思い切り握りしめて全身の筋肉に力を漲らせ、元々巨大だった肉体を更にパンプアップさせて全ての攻撃を受け止めていった。攻撃をひとしきり受けるたびに「応ッ!!」と怒声をあげて歯を食いしばり、再度筋肉を硬直させて四方八方から繰り出される連撃に備え、まともに受け、堪えた。マントも服もズタボロに擦り切れて、その下に控えていた肌が剥き出しになり、体に穿たれる傷もより深く生々しくなったが、それでも気合いと根性で立ち続けた。杉山以外の3人はそんな彼の胆力と、露わになった鋼の肉体に刻み込まれた痛ましい傷の数々に震え上がり、早く仕留めなければこちらが危ういと思ったのか攻撃の手を更に強めて一気に畳み掛けた。それでも少年は微動だにしない。ついに業を煮やした篠田が一息にとどめを刺そうと脳天目掛けて角材を振りかぶったが、刹那、少年にギリッと物凄い剣幕で射すくめられて怯み、高々と上げた手をわなわなと下ろしてその場に縮こまった。一連の流れを横で見ていた杉山は、角材で少年を殴りつつ篠田にありったけの声量で罵声を浴びせた。
「てめぇ!!なに日和ってやがるんだ!!どうせこいつは何もしてこねぇんだから、ビビらず殴り殺しちまえよ!!」
「だ、だってよ、こいつ全然倒れねぇし、こんなのバケモンだぜ…。それにあの、あの目が、わ、わかんだろ、お前だって…。おっかねぇんだよ、なんだかしんねぇけど、凄味があって、もう、どうしていいかわかんねぇんだよ!」
「目が怖ぇだと!キンタマついてんのかよてめぇ!クソッ、まあいいや、だったら目合わせんな!下だけ向いてろ!よく見てみりゃこいつだって血流して顔パンパンに腫らしてんだ、人間に違いねぇんだよ!だからぜってぇ痛ぇと思ってし、いつかぶっ倒れる!諦めてんじゃねぇよ!クソ、こんだけ頑丈でも、一箇所だけ集中して狙えば…。おっ、おう、そ、そうだ!足だ!足だけ狙え!オラァ聞いてっか!?お前らもだ馬鹿ども!!的のちいせぇ頭とか頑丈な背中じゃなくて、こっからは足だけ狙って石投げろ!足ガタガタにして立てなくしちまえばこっちのもんだ!!ほら、もういっちょ畳み掛けてこの筋肉バカをぶっ倒すぞ!!」
少年の両足にこれまでとは比べものにならないくらいの凄まじい攻撃の波が押し寄せてきた。太もも、尻、ふくらはぎには気合いを入れ直す間もなく立て続けに鋭い痛みが迫り、足の項と脛へは気が遠くなるほどの痛みが次々に襲いかかってきた。少年は歯を食いしばった。意識が遠のきそうになったら舌を噛んで正気を取り戻し、足に全神経を集中させた。ふと、それを見計らったかのように杉山の角材が顎に飛んできた。この一撃のために集中力の切れた少年は、ついに体をぐらつかせ、肩を落とし、荒く硬い石で埋め尽くされた地面に膝をついた。この機を逃すまいと、杉山は顔面に思い切り膝蹴りをかましてから、渾身の力を込めて角材を振るい、角刈りの頭を殴りつけた。少年は全身の力が抜けていくのを感じる間すらなく、ごつごつとした地面にどうと体を横たえた。すかさず杉山が馬乗りになって手頃な石を掴み取り、鼻や頬をめちゃくちゃに打ち据えた。骨が折れ、皮がめくれ、血が飛び散る音があたりに響き渡った。仲間の三人はその音を聞き、恐ろしさに震えながら尻餅をついた。杉山はといえば、我を忘れてめちゃくちゃに殴り続けていた。いつしか手に握られていた石はどこかに放ってしまっていたが、それでも血まみれで骨が折れて変形してしまった拳で殴り続けた。びちゃり、びちゃりという湿った音が、静かになった公園に響く、その中で、杉山は不意に、頬に冷たいものが当たったのを感じて正気を取り戻した。呆然としながら液体を手で拭い、鼻に近づけ、臭いを嗅いだ。それは、唾液だった。はっとした杉山は自分の下にいる男の顔を覗き込んだ。その瞬間、また唾を吐きかけられた。膨れ上がって奇妙に変形した皮膚の下からかすかにのぞく両の目は、うすら笑いを浮かべているようだった。血だらけになり腫れ上がった醜い唇は、彼に向けて、こんな言葉を口走った。
「おい、その程度かよ?」
杉山は恐怖を感じて飛び退き、腰を抜かしたままじりじりと後ずさった。少年はゆっくりと立ち上がり、片足を引きずりながらそれを追った。これを見た杉山は震え、慄き、四つん這いになって死に物狂いで逃げた。そのうちに手のひらが痛さでまったく使い物にならなくなり、仕方なく両膝を立ててせわしなく動かし、逃げようとした。その時だった、彼が、右の手首を物凄い力で握られたのは。万力で締め付けられているかのような、凄まじい握力だった。杉山は泣き出しそうになりながらあたりを見渡した。仲間の三人は既に公園から去ってしまっていた。少年は彼の耳元へ唇を近づけ、小さな声で、こう呟いた。
「なぁ、どこへ行くつもりなんだ?ちゃんと殺していかなきゃ、だめだろが。」
杉山は最後の力を振り絞って立ち上がり、涙と小便を垂れ流しながら思い切り駆け出して公園を出て、そのまま小さくなって見えなくなった。少年は、ばたりとうつ伏せに倒れ、目を閉じた。もうこれ以上、何もすることができなさそうだった。
ふと、誰かが彼を助け起こした。今にも途切れそうなか細い意識の中、少年は閉じていた目を気合いでこじ開けて、彼の左腕を肩に担いで支えてくれている者の姿を確認した。それは、下半身を丸出しにした吉岡だった。ああ、こいつ結局パンツ返して貰えなかったのかよ、あのろくでなしどもめ…。少年はもごもごと口を動かしながら、小さい声で彼に話しかけた。
「おい、悪かったな。結局取り返せなかったよ。」
「いや、いいんだ。パンツも下着も、あいつら置いてったから。」
「あぁ…?だったら、なんでお前、早くそれ履かねえんだよ。それに、俺なんか見てねぇで隙ぃ見計らって逃げりゃよかった、だろ。せっかく俺が、あいつら挑発して、気ぃひいててやってのに、馬鹿な、やつめ。」
吉岡は首をブンブンと横に振り、目にうっすらと涙をためながら口を開いた。
「君のこと、ずっと、ずっと見てたんだ。あれを見てて逃げるやつなんか、男じゃないや。」
少年はそれを聞いてふっと笑い、歪に変形した顔を綻ばせた。
「ハッ、男だったら、ハナっからあいつらに向かってけよな。ったく、余計な手間、かかせやがって。」
「悪かったよ。いや、いま言いたいのはそれじゃない。うん、そうだ、ありがとう、本当に。ところで君って、ほんとにデカくて重いんだね。僕とタメだなんて信じられないや。実は大人なんじゃないの?」
「中二だよバカタレ。てめぇがもやしっ子すぎるだけだろ。おい、そんなこといいから下ろせ。俺ぁ自分の足で歩いてかえっからよ。お前も、さっさと帰れ。」
「……嫌だ。僕は君を送っていくんだ。そうじゃなきゃ僕の気が済まない。それで、家はこの近くなの?遠いの?」
「フン、勝手にしろ。そんでパンツ履け。クソッタレ...ああ、家...か。隣町だからな、覚悟しとけや。」
傷だらけの巨人と、下半身丸出しの、小人。相反する見た目をした二人の少年は、夕焼けが美しく滲む空をバックに、石ころだらけの公園を後にしたのだった。
終わり風になっていますが、一応続きがあります。
来週の火曜日に投稿する予定です。
この話だけでハッピーエンド風になってはいますので、もう十分って方は読まなくても問題ありません。最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。
