恋愛掌編『ドール』 コーヒー1杯の小説シリーズ
白く眩い光の中で、君は眠っている。
枕いっぱいに広がった艶やかな黒髪に埋もれながら、すやすやと寝息をたてている君。
全てが清廉とした安らぎの中にある。
すらりと伸びるまつ毛も、つんと上を向く小さな鼻も、ぷくりと膨れた愛嬌のある唇でさえも、この空気の中で静かに佇んでいる。
呼吸にあわせて揺れる形の良い乳房、穏やかな弧を描く腰の線、お腹の上でお行儀よく重ね合わせられた手、そのどれもが厳かな光を受けて照り映えている。
そう、君は今、誰よりも美しい。
だから僕は、包丁を持って立っている。
君の美しさを、永遠のものにするため。
美しい君を、僕だけのものにするため。
お腹を刺してはいけない。
汚い内側があふれてきて、きめ細やかな肌を汚してしまうから。
お顔を刺すのもいけない。
それが潰れた時、君は君でなくなってしまうから。
首を一線に切るのもいけない。
大量の血液が、見事な肢体を覆い隠してしまうから。
じゃあどうしようか?
決まってる、胸に突き立てるんだ。
硬い骨を一息に貫き、心臓を串刺しにするのが良い。
その場に残される包丁が、血の噴出を防ぐはずだ。
柔らかく繊細な君の体。
鋭く磨かれた冷たい刃。
永久に止まる、君の時間。
その後で僕は、世界一の幸せ者になる。
狙いを定めるため、僕は君の胸に包丁を近づける。
瞬間、君は息を吸い込んでみせる。
肋骨が膨らむ。包丁の先端に触れる。鉄の刃を優しく押し返す。
そして、君の記憶が脳内で炸裂する。
僕に寄りかかる君。
上目遣いで微笑む君。
暖かい手で僕の胸に触れる君。
甘く蕩けるような肉の香りを漂わせる君。
僕の中に入り込んでくる君。
まとわりつくような唾液をねっとりと流し込んでくる君。
暖かい吐息を絡みつかせてくる君。
妖しく、愛しげに笑う君。
君。
君。
君。
僕の大好きな、君。
ゴトン、包丁の落ちる音と共に僕は我に返った。
こんな大きな音を立てても、君は相変わらず幸せそうな顔で眠っている。
呑気でかわいい君、今日も命拾いをしたみたいだよ。
よく晴れた気持ちの良い朝がくる度に、僕は君を殺したくなる。
だけど君との幸せな生活の断片が、いつだってそれを阻止してしまう。
それもいい。殺せなくても構わない。むしろ、これからも妨害し続けてくれ。
ニコニコと笑っていてくれ。
意地悪げな顔で僕を求めてくれ。
たまには怒ったり泣いたりしてくれ。
でも、最後には仲直りしてくれ。
二人してヨボヨボになって死ぬその瞬間まで、僕に人の魅力を教え続けてくれ。
僕もなんとか衝動を抑え続けてみせるから。
頼んだよ、君。
本作は、以下の曲を参考にしました。
いい曲です。歌詞だけじゃなくてベースラインが素敵です。コーヒー飲みながら聴いてカッコつけてみてください。
