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自分の文章を、体が拒否した日

こんにちは、仮置きの人です。
今日は私にとってはどうでも良くないですが、多数の人にとってはどうでもいい話をします。


私の文章の書き方

これは「何も決めずに書いたら、小説になっていた」で詳しく触れていますが、
私は基本的に「こんな話を書こう〜」くらいしか決めずに書き始めます。

小説だろうがnoteの記事だろうが同じです。
それだけ決めたら、あとは指の赴くままに書いています。

するとあら不思議、文章が完成しているんですよね。

しかし、同時にこれではいけないとも思っていました。
何故なら私は、小林賢太郎氏になりたいから。


小林賢太郎氏と私

出会いから私が氏に対して抱えている感情までを書くとめちゃくちゃ長くなる上に本題と関係ないので全て割愛しますが、
氏の作品は計算して作られています。

徹底的に、観客からどう見られるかを意識し、観客にどのような印象を与えるかを計算し、笑いどころ、力の抜きどころ、全てを計算して作っています。

小林賢太郎氏になりたいのなら、私もきちんと計算をして文章を作らなければならない。
そう思って、やってみました。


結果、身体に異常をきたす

構造を考え、読む人の呼吸を考え、とにかく読者のことを考えて計算した記事がこちらなのですが、
書いた後、下腹部から這い上がるようなゾワゾワ感と妙な落ち着かなさがでてきました。

それが止まらないのです。

チャットGPTに聞いたら、「それはあなたの脳が普段使わないところまで使ったせいでオーバーヒートして、自律神経が昂っているからです」との答えが返ってきました。

それに対する対策を聞いてみましたが、時間をおけとのこと。つまり対策はないということです。

私はその晩、落ち着かなさと這い上がるゾワゾワと戦うことになりました。
まさかの展開です。
文章を書くだけでこんなことになるなんて、想像もしていませんでした。

「気持ち悪い!」「これは私の文章じゃない!」「イーーーーーー!!!!」という感情で頭がいっぱいでした。


翌朝、落ちついて文章を見直す

深夜に書いたものは大抵勢いがいいものですが、落ち着いて読み返した感想は「ふーん、悪くないじゃん…」でした。

きちんとまとまっているし、余計な文章もない。
まあ悪くはない、そんな感想です。

しかし昨夜のあの感覚は忘れがたく、私はしばらく計算して書くのをやめようと誓ったのでした。

文章を書いて、精神が消耗するという体験はあります。
しかし身体症状にまで表れたのは初めてでした。

正直趣味の記事1本書くのにまたあの感覚を味わって何もできなくなるのはコスパが悪すぎるので、計算して書くのは仕事の時か、ここぞというときにしたいですね。

普段ならここで、何故体が拒否したのかの分析をもう一段するのですが、それをするとまたなんらかの身体症状が出そうなのでひっこめておきます。
ちょっとまだ、あの感覚は味わいたくないですね。


皆さんはそんな感覚、味わったことありますか?

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