見出し画像

《モコンさんの庭》ぼくのセルアニメ業界現場 WORKS Memo:Events 13・『ドランクエスト』1989~1990年

りんたろう監督がある日、ぼくに『ドラクエのゲームってやってる?』と声をかけてきました。その当時に発売されていたファミコン版ドラクエとFFは発売されているだけ全部プレイしていましたので『全部やっています!』と即答。すると『じゃオレと一緒にテレビ版ドラクエをやろう』とりんたろう監督。ぼくが『助監督やりますね』と答えると、りんたろう監督は『いやオレと同格の監督でいいから』の一声でテレビ版『ドラゴンクエスト』シリーズ総監督に共同で関わることになりました。

最初の打ち合わせは関係者全員揃っての顔合わせということでフジテレビの会議室で行われました。当時のフジテレビは都営地下鉄曙橋駅の近くにあり『フジテレビ通り商店街』という賑やかな商店街もありました。フジテレビの会議室にゲーム原作者の堀井雄二氏、ゲームキャラクターデザインの鳥山明氏、アニメーション制作の関係者および各プロデューサーに雑誌社の編集者などそうそうたる方々が、だいたいですが総勢20名以上は集まっていたかと思います。それぞれ簡単にご紹介とご挨拶で解散となりました。

後日、りんたろう監督とぼくを含めたスタッフ一同との最初の会議で企画書がまだないことを知りました。本来なら、作品のテーマ、舞台になる世界観、メインキャラクターの名前や性格、簡単なストーリーの紹介、主人公の目的、敵の設定など、物語を進める上での指針となる企画書が用意されていないということは、今後の物語を創る上での指針がないということでもあります。

それでも、りんたろう監督は慌てずにその場で今回のテレビ放映版『ドランクエスト』のテーマとして『死せる水』を提案しました。『死せる水』とは淀んで停滞している水、つまり汚れ汚染され様々な害をなす水、腐った水、として人間には有害な存在。人々に害をなすモンスターたちはこの死せる水に浸かっている宝石から、最終的に主人公たちと戦う最後の大ボスによって作り出される。そしてモンスターたちと戦って勝利すると宝石を落としていくのはこのためという基本的な設定と物語の世界観を決めました。

この『死せる水』というテーマの設定だけで、戦うべき悪の設定と物語の最終目的が決まり、アベル達が旅立ち力をつけて対決するという物語の発端が見えてきました。これはその場で了承され企画書としてはりんたろう監督とぼくとで書いて提出するということになりました。

ぼくはざっとメモを取っていたので、りんたろう監督の語ったテーマやイメージをまとめて書き起こし、メインキャラクター設定やさらに自分のアイデアを足した企画書をひと晩で作成しました。ぼくのアイデアはゲームではいわゆるイベントといわれる部分、FFではムービーシーンに当たるようなエピソードを毎回入れるという、今までのアニメではなかった物語の面白さを出すためのものとして考えていました。実例をあげると『龍の涙』というイベントでは湖の底になるトゲを模した柱を抜くと湖の水が崖から流れ次の目的地を示す手がかりがあらわれる、といったアイデアを考えていました。さらにぼくのアイデアとしてはアベルとティアラが共に敵大ボスを倒した後で、アリアハンで最後のアイテムをはめ込むと新たに大陸が浮上し全体が竜の姿の大陸として浮かび上がるという結末を考えていました。

りんたろう監督はぼくが書いた企画書を自分のワープロ専用機で文章化、内容を整理しつつまとめてくださいました。できあがった企画書をぼくに見せるときに『長いからまとめといた』と言われてたりして。この企画書をもとに、世界観やキャラクター設定などの作業が一気具体的になり本格的に作品が動きだしました。

シナリオ打ち合わせはフジテレビの担当プロデューサー清水賢治氏、NASのプロデューサー片岡義朗氏、アニメ制作のスタジオコメットのプロデューサー茂垣弘道氏社長、シリーズ構成の山田隆司氏、各話担当のシナリオライターらと、りんたろう監督とぼくとではじまりました。

キャラクターの性格を考えている時にぼくは『ティアラがダビンチみたいな発明狂という設定はどうですか?』とりんたろう監督に云うと『いいじゃないか』ということになり、第1話の絵コンテではそれを踏襲した面白い仕掛けを絵コンテ・演出の三沢伸氏が見事に再現してくれました。

やはりゲームと地図は切り離せないと思ったぼくは、大版作画用の動画用紙にアリアハンからどう旅をするのか考えているうちに、地図がだんだん広がっていき、紙を足して描いていったらいつの間にか二畳ほどの大きさになってしまいました。この地図はスタジオコメットのスタッフが縮小コピーを繰り返しA4の大きさまでにしてくれました。これはシナリオを進める上で次の目的地を決める役に立ちました。

オープニングのタイトルアニメーションは森本晃司氏、音楽のミッキー吉野氏ともにりんたろう監督の起用です。

ある話数で上がってきた絵コンテがシナリオとあまりに違うので書き直ししてもらったことがありました。結果作画が大幅に遅れてしまい、当然それ以降の彩色、撮影にも影響し、初号試写が放映日という事態に陥ってしまったことがありました。

その後アニメ制作スタジオコメット茂垣社長より『作品から降板して欲しい』と言い渡されました。理由としてはぼくのせいでスケジュールが遅れるとのことだそうです。さらにぼくが作った地図は誰にでも作れるものなので特に使う必要はないということも言われました。『ぼくとしては今までにないアニメだけのドラクエの面白さを創りだそうとして』とは思っても…という事情で第12話でまでの担当となりました。

ドラゴンクエスト地図

※本稿はぼく個人のセルアニメ業界での実体験をもとにした記録です。当時の資料としてご覧いただけたら幸いです。個人名は当時の状況を踏まえ実名で記しております。関わってくださった皆さまに心より感謝いたします。

© 2025「モコンさんの庭」プロジェクト

いいなと思ったら応援しよう!