Katsurao AIR アーティストインタビュー vol.12 かねこもえさん
アーティストが葛尾村に滞在してリサーチや制作を行うアーティスト・イン・レジデンス・プログラム「Katsurao AIR(カツラオエアー)」。2025年10月からの最大40日間、3名のアーティストが葛尾村で暮らし、それぞれの視点から制作に取り組んでいます。10月31日(金)から11月3日(月・祝)の4日間は、葛尾村内にて、制作過程を公開するオープンスタジオ形式での活動報告会を実施いたします。
本稿では、滞在中のアーティスト かねこもえさんのインタビューをお届けします。(聞き手:Katsurao Collective 阪本健吾)
KANEKO Moe
かねこもえ
2003年生まれ。大阪府出身。東京藝術大学 絵画科油画専攻 学部4年在学中。 私たち人間が生き物として、生き、作品を作るという事を見つめながら、動物をモチーフに立体作品やインスタレーションを制作。
2023「NeZoo」(AVA artist-run-space、東京)
2024「あきがわアートストリーム」(Village Hinoara、東京)
2024「INTRO2(学部3年進級展)」(代官山ヒルサイドテラス、東京)
2025「アライブ!展」(BankART Station、横浜)

——動物をモチーフに作品を制作されているかねこさんですが、小さい頃から動物がお好きだったんでしょうか。
はい。物心つく前から動物は好きでした。
——物心つく前から……!? そんなの、どうやってわかるんですか?
家では犬を2匹、飼っていました。庭が広くて、鳥が飛んできたりとか。私の生まれ育った大阪府箕面市は野生動物が多いみたいで、川にイノシシがいたり、アライグマが塀の上を歩いていたりもしました。
テレビで観るようなキャラクターも、動物モチーフのものが好きでした。トムとジェリーとか、ひつじのショーンとか。ゲームをするときにも、マリオやピーチ姫ではなく、動物だからという理由でヨッシーを選んだりしていましたね。
特に明確なきっかけがあるわけでもなく、物心ついた頃には、もう動物が好きだったんだと思います。
——絵を描くことは昔から好きだったんですか。
はい。3歳のころから、地域にある小さなアトリエに通わせてもらっていました。3歳から90歳くらいまでいろいろな方がいらっしゃって、絵画と立体に交互に取り組むような教室でした。基礎は丁寧に教えてもらえるのですが、その先は自由にやらせてもらえる場でしたね。行き詰まったら手を差し伸べてくれるような。
——そのアトリエでの経験が、芸大への進学にもつながったのでしょうか。
両親が医者だったので、はじめは私自身も医者になるのかなとなんとなく思っていました。
ですが、中学時代から高校時代にかけて心が落ち込んでしまった時期に、自分が大丈夫だった理由が、ゲームだったんですね。
——ゲームですか。
その頃はゲームにすがって生きていました。そのスタッフロールをみたときに、ここに名前が載るのってすごくかっこいいなって思ったんです。
——制作者の名前が流れてくる、あれですね。
はい。そのときはただの憧れだったんですけど、進路を選ぶという局面で改めてそのことを思い出して、芸術をやりたいと思ったんです。最初はゲーム会社への就職を念頭に置いてデザイン科に入ろうとしていたのですが、アトリエの先生に油画のほうが向いていると言っていただいて、油絵科を志すことにしました。
——デザイン科と油絵科では、受験も入学後の学びも違いそうですね。
デザイン科では人に伝わるグラフィックを描くことが求められるのですが、受験対策をしている中で、自分でも振るわないなと思っていました。自分の描きたい絵を描くところのほうがいいよ、と伝えてくださった先生には感謝しています。3歳のころから受験まで、ずっと見てくださった恩師です。
——現在も大学に在学中でいらっしゃいますが、ご自身の制作のスタイルはどのようにつくられてきたのでしょうか。
動物をモチーフに制作する中で、周囲から「動物と人間の違いって何?」と問われることがままありました。大学1~2年生の頃の私は、「動物が好きで、人間は嫌い」と思っていたのですが、よく考えたら、その違いって何だろうなと。
——動物と人間の境界線。
動物のことをもっと知りたいと思って、狩猟免許を取ったり、剥製をつくったり、今年(2025年)の夏にはカメルーンのジャングルに野生動物を見に行ったりして、動物と密接に関わるためのさまざまな試行錯誤をするようになりました。
——それらの経験で、「動物」観は変わりましたか。
動物と人間に明確な境界線はなくて、どちらも「生き物」だなと今は思っています。ここ数年は、「動物」という言い方ではなく、「生き物」を主題として制作しています、と言うようになりました。
——それは例えば、どういうことでしょう。
私自身、制作をしているときに、作品の完成をめざして取り組んでいるというよりは、制作そのものに没頭している感覚があるんです。何ら特別なことではなくて、昔からやっている癖みたいなもの。例えば、犬が散歩のたびにお気に入りの木の枝を集めてくるとか、クマが毎日お気に入りの場所でひなたぼっこするとか、そういうものに近い気がします。
なんとなく心が動くから、なんとなく体が動くから、そうしている、というような。
——Katsurao Collective に提供いただいたプロフィールにある「生き物として作品を作る」って、そういうことなんですね。すごくよくわかりました。ただ一方で、芸術や美術は人間ならではの営みだ、という言い方も一般的によくありますよね。
リビングにお花を生けるとか、リンゴをうさぎの形に切るとか、そういうものも芸術と言えると私は思います。そしてその行為自体は、1匹の犬が枝を集めてくるみたいに、1人でもできますよね。
でも、その美しさを他者と共有するということは、人間にしかできないのかもしれません。同じ言語や歴史を共有して、その価値観のうえで美しさを他者と共有することができる。その意味で、芸術は人間だけのものなのかもしれないと思います。
だから、私の制作も、他者と共有できるものにしなければ芸術にはなり得ないのではないかとも思っています。そのためにいろいろと試行錯誤を続けているという感じですね。

——今回、葛尾村に来てみていかがですか。
歩いていて気持ちがいいですね。でも、歩いている人が少なくて、もったいないなぁと(笑)
——地域のみなさんは、近くでも車で行ってしまいますからね。あまりウォーカブルな地域ではないかもしれません。
私にとっての制作は、自然に体が動くようなものだという話をしたのですが、今回の葛尾村での活動は、歩くことが中心になっています。
この夏、カメルーンに行ったときに、現地の方々が歩いているのを車の中から見ていて、ふと思ったんです。私は飛行機と車を乗り継いでこんなに遠くまで来たけれど、自分にとっての身近な場所を歩くことって、たぶんすごく意味のある行為だなって。
カメルーンの国立公園内のジャングルは車で通行できないところもあり、そういう場所では象の獣道を歩くんです。人間もそうですし、他の生き物もそこを通ります。象やバッファローの足跡がついているところを、人間も歩く。そのときに、歩くって人獣共通だなと思って。生き物が生きるためにやる行為ですよね。
——カメルーンでの経験と葛尾村での活動が、そんなふうに繋がっているんですね。ところで、村を歩いていると声をかけられませんか。
かけられますね。何やってるのー、どこから来たのー!?って。迷子と思われて心配されたこともあります(笑)
——やっぱり車社会ですね(笑)引き続き、活動を楽しみにしています。

アーティストインレジデンスプログラム「Katsurao AIR」
本インタビューの完全版を、各種リスニングサービス および note音声投稿にて配信中です。
