Katsurao AIR アーティストインタビュー vol.13 伊藤夏実さん
アーティストが葛尾村に滞在してリサーチや制作を行うアーティスト・イン・レジデンス・プログラム「Katsurao AIR(カツラオエアー)」。2025年10月からの最大40日間、3名のアーティストが葛尾村で暮らし、それぞれの視点から制作に取り組んでいます。10月31日(金)から11月3日(月・祝)の4日間は、葛尾村内にて、制作過程を公開するオープンスタジオ形式での活動報告会を実施いたします。
本稿では、滞在中のアーティスト 伊藤夏実さんのインタビューをお届けします。(聞き手:Katsurao Collective 阪本健吾)
ITO Natsumi
伊藤 夏実
1993年 愛知県生まれ。2023年 女子美術大学大学院美術研究科 博士後期課程 美術専攻美術研究領域(洋画)修了。身の周りにある物理的な力や物事の成り立ちといったあらゆる関係性に対して観察をし自身の想像力を折り込むことで、科学的または考古学的視点からとは異なる視座から物語を編み直すことを油彩や構造物を制作することで試みています。
<個展>
2025 The Gesture That Carries/ Ttjap Sahabat gallery/バンドン(インドネシア)
2025 Tracing flow/バロールラボ/東京
2025 Her movement path 伊藤夏実モグAIR成果発表展/山猫堂/岩手県陸前高田市
2024 Open studio2024/Last Ship Artist Residency Khajuraho Kalinjar/インド
<アーティスト イン レジデンス>
2025 Semata artist residency/バンドン(インドネシア)
2025 モグAIR/山猫堂、岩手県陸前高田市
2024 Last Ship Artist Residency Khajuraho Kalinjar/カジュラホ、カリンジャ(インド)
2023 JOSHIBI AIR/東高円寺
2019 中之条ビエンナーレ/四万温泉エリア中屋(群馬県中之条市)
2017 Artists in FAS 2017/藤沢市アートスペース

——今日は、伊藤さんが制作を行っているスタジオ(葛尾村立葛尾中学校 休校中校舎 美術室)にお邪魔して収録しています。まわりには木の枝や、それを紙にしたものがたくさんありますね。
これまで、主に油絵を描いたり、立体作品をつくったりしてきたのですが、紙をつくりはじめたのはここ2カ月くらいのことです。今年(2025年)の7~8月にインドネシアに行っていて、その際に現地の工房で学んだ beaten bark paper(叩き技法の樹皮紙)を、葛尾村でもつくってみようとトライしています。

——紙をつくるといえば、枠の中で繊維を水中に漂わせるような、いわゆる紙漉きを最初に思い浮かべると思うのですが。
私も最初は紙漉きをイメージしていたのですが、工房に行ってみたら木の皮を剥いで叩くことによって紙をつくっていて、衝撃を受けました。直接身体性を示すことができるような方法で面白いですよね。
——学生時代の専攻は油絵だったとのことですが、絵を描くことと紙をつくることとの間には距離がありますよね。
そう思われるかもしれませんが、私の中ではむしろ、紙をつくりながら絵を描けるということが気に入っています。素材によって表情が違いますから、叩きながら紙をつくっていく過程は絵画的といえる部分もあると思うんです。市販の白い紙や白いキャンバスに描くこととはまた異なる描き方ですね。
——最近の伊藤さんの活動を拝見していると、インド、陸前高田、そして今お話に上がったインドネシア、現在の福島・葛尾村と、国内外でさまざまなレジデンスに参加されていますね。
はい。自分自身の関心から、それらの滞在は少しずつ繋がっています。
昨年(2024年)インドに行ったのは、結婚を機に仏教の行事に参加するようになって、悉曇(しったん)文字(梵字)のことが気になったからでした。悉曇文字はその行事の場で象徴的に使われてはいるんだけれど、意味はあまり重要とされていないんですよね。
実際にインドに行ってみて、悉曇文字のもとになった文字が彫られている遺跡に辿り着くことができました。粘土とラップを持って、それをかたどってみようとうろうろしていました。
ところが、現地の方々にたくさん話しかけられて、写真とか TikTok とかを撮ろうって言われて、それどころではなくなってしまいました(笑)
——え(笑)TikTokですか。インドではショート動画が流行っているんですね?
東アジア人がいるのが珍しかったのかもしれません。仕方がないのでプランを少し変えて(笑)、古代の文字を粘土でかたどって表現したり、架空の文字をつくったりしました。現地の陶芸工の方が協力してくれて、窯を使わせていただいて。
——葛尾村での滞在期間中に開催された「かつらお企画室」によるワークショップ「てがき の もじ で かけら をつくろう!」にもすごく通ずるものがある取り組みですね。伊藤さんにもご参加いただきましたが、ひとりだけ日本語じゃない文字をつくっていらっしゃいました。
ワークショップ、とても楽しかったです。インドのブラーフーミー文字とも迷ったのですが、インドネシアの西ジャワに伝わる古代スンダ文字をつくりました。

このように、最近は古代の文字や地域特有の文字、筆跡などに関心を抱いています。字を通して、時代を超えて身体性を感じるところに惹かれますね。
——古代スンダ文字も、インドネシアのレジデンスのときに出会ったんですよね。インドネシアへはなぜ滞在されたのでしょうか。
インドから日本に帰国して、インドのレジデンスについての報告展を行いました。そこに、友人がインドネシア人のアーティストを連れてきてくれたんです。
その際、インドで描いたドローイングも展示していたのですが、私自身、それらを既製の紙に描くということに少し違和感を覚えていました。そのドローイングは先史時代の遺跡からインスピレーションを受けたものだったので、単にスケッチブックの真っ白い紙に描くということに対して、なんだかそぐわないというか、イメージと乖離しているように感じていたんです。
そんな話をしていたら、そのアーティストから、インドネシアには樹皮紙というものがあるよと教えてもらって。自分で紙をつくることができるなんて、おもしろそうだなと思ったんです。
——それで話の冒頭に戻るわけですね。ひとつひとつの経験がつながって、葛尾村での滞在に至っていることがよくわかりました。今回お越しいただいている Katsurao AIR のことは、どうやって知っていただいたんでしょうか。
岩手・陸前高田のアーティストインレジデンス「モグAIR」に一緒に参加していた、Katsurao AIR 2022年の滞在アーティストでもある山田悠さんに、「合っていると思うよ」と教えてもらいました。いわゆる東日本大震災の被災地で制作をしたのは陸前高田がはじめてだったので、他の地域のことを知りたかったというのもあります。
——陸前高田ではどのような制作をされたのでしょうか。
家財整理の仕事をお手伝いしながら、リサーチを進めていました。とりわけ、女性の生活や役割、アイデンティティに関わる品々は、取り上げられる機会が限られています。例えば、博物館に収蔵されるのは漁具などが主で、男性が使用していたものが中心になりがちです。
そこで、私は地域の方々の家に眠っていたブローチや装飾品などの品々に焦点を当てて、制作を行いました。ひとつひとつ見ていくと、民話や土着の信仰との結びつきが垣間見えるものもあって興味深かったです。陸前高田での経験をもとに、葛尾村での制作プランも組み立てていきましたね。

写真:藤﨑友心 照明:あおきみゆき
——葛尾村での制作は、プラン通りに進んでいますか。
実際に来てみると、陸前高田とはかなり状況が違いました。新しく建て替えられている家屋が多くを占めていて、家財や家にある品々をもとにリサーチをするには、今回の1か月余りの滞在では短くて難しいかもしれないと思いました。
いま葛尾村で着目しているのは、パッチワーク教室での地域のみなさんのコミュニケーションです。みなさんが仮設住宅に避難しているとき、仲間とパッチワークをする時間がひとつの救いだったというお話を伺いました。単にものをつくるということを超えて、手の動きというものを通して、会話をしながら相手を慈しみ合うということにすごく惹かれています。
いまは、滞在先の庭に生えている桑の木を使って樹皮紙をつくりながら、人類が歴史の中で行ってきた、行為を通した慈しみ合いというものを表現できればと考えています。
——さまざまな場所での経験を糧にしながら葛尾村に辿り着いた、伊藤さんにしかできない取り組みになりそうですね。活動報告会も楽しみにしています。
アーティストインレジデンスプログラム「Katsurao AIR」
本インタビューの完全版を、各種リスニングサービス および note音声投稿にて配信中です。
