日光道中・奥州道中 その23「夏草を もふもふ喰みて ひつじ雲(千住宿~草加宿)」
東武鉄道・梅島駅の高架橋をくぐり、街道は北へまっすぐ進みます。

今は風景も変わったかもしれません。
地名「梅島」は、明治時代に「梅田村」や「島根村」が合併した際に「梅」と「島」を繋ぎ合わせた「合成地名」です。
地名「梅田」は、低湿地を埋めて田んぼを開墾した「埋田」に由来という説や、少し前に取り上げたお寺「明王院(赤不動)」が梅で知られる天満宮を勧請して「梅林寺」と呼ばれ、寺をひらいた一族が「梅田」を名乗ったことに由来という説があり、地名「島根」は、低地の田んぼの中で「島」のように盛り上がった土地に由来という説や、鎌倉時代の常陸国・筑波地方の武家・多気義幹(たけ よしもと)がこの地で没し、島根という家臣が義幹を埋葬したことに由来という説があるようです。
これら地名の由来から、かつての、田んぼが広がる低地が続く風景を思い浮かべました。
今では田んぼや湿地の面影は見当たらない、賑やかな雰囲気の梅島駅付近を見渡します。

日比谷公園の日比谷とは関係なく、
「日比谷」さんが作る煎餅のお店
という話があります。
(未確認)

夜には何色に光るのでしょうか?

(七・七の音で語呂が良い 笑)
店名は豪壮を極めた天下人ですが、
雰囲気は気軽に入れる居酒屋と
ネットでいわれています。
お隣「城北湯」は、しばらく前に
暖簾を仕舞われたそうです。
街道に戻ると・・・何か立っています。


水と緑と自然の調和とか?
難解な現代アート?
と思いつつ

「旧日光街道」から始まる説明。
歴史のある旧道の「時」を年輪で
層状に形成して時を重ね
無限の可能性、希望、未来
だそうです。
(読み解けましたでしょうか)
梅島の先で、なにかの気配を感じて脇道に入ると・・・

美味しそうなジンギスカン!
なんて言ってはいけません(笑)
ここは、足立区とオーストラリアの「ベルモント市」の姉妹都市交流を記念する「ベルモント公園」です。
オーストラリアといえば!の連想で公園に羊のオブジェ(公園アニマル遊具?)が並べられたのでしょうか?

区制60年は1992年です。
ベルモント市の位置は、
オーストラリアを四国にすると
高知県宿毛市のあたり
(むしろ分かりにくい?)
足立区には、この公園以外にも
コアラなどオーストラリアにちなんだ
オブジェがあったりします。
ところで、そもそもなぜ足立区とオーストラリアの市が姉妹都市となったのか、たとえば自然や産業の共通点とか、歴史的な関係とか、何かあるのでしょうか?と気になると、興味深い話がありました。
https://www.city.adachi.tokyo.jp/hisho/ku/kucho/20220426-mainichi.html
足立区が英文パンフレットを各国の大使館に送ると、ベルモント市が反応して姉妹都市になったというお話し。
姉妹都市となった1984年の時代、世界第2の経済大国・日本の都市と交流するメリットや、なおかつ、今ほど日本を実際に訪れた外国人も多くはなく、インターネット情報もない時代、パンフレットが功を奏したのでしょうか?
そして、そのパンフレットはこちらのようです。
https://www.adachikanko.net/wp-content/uploads/2022/04/a83a42069a277a9b27e6d12cf0440057.pdf
昭和の雰囲気を感じる駅の風景。
駅の広告看板「千住 丸愛」は、大正十三年(1924年)に百貨店として創業し、現在は、飲食店のフランチャイズや、ボウリングなどレジャー施設を営まれているそうです。
また、伝統行事として、西新井大師「だるま供養」も紹介されていますが、だるまを隙間なく積み上げて火をつける写真は、外国の人が見たら逆に「引いて」しまわないだろうかと気になってしまいました。
羊さんと戯れて一息ついたら、街道に戻りましょう。

