日光道中・奥州道中 その39「鈴蘭の 灯りたどりて 蔵さぐる(草加宿)」
獅子頭と大神輿の八幡神社から街道に戻ります。

街道沿いの町並みを眺めつつの散策です。
昭和の町を思い出させるような、黒いタイルが外壁を覆う建物。
(このようなタイルを見ていると、煉瓦が積まれた建物のようにも見えますが、この積み方は、英国と仏国のどちらでしたっけ???)
そして、黒いタイルの外壁を這うように、直角に曲がりながら伸びる白い配管や、幾何学模様の斜線のような白塗りの階段、黒と白の中でひときわ目を惹く鮮やかなグリーンの柱。
何気ない風景ですが、これらのシンプルな色合いと直線的な建物の構造物に、思わず足をとめて撮りたくなりました。


「天正」というと織田信長や豊臣秀吉の
活躍した戦国時代の年号を連想します。
豊臣家の紋としても知られる
「五三の桐(花の数が五つと三つ)」
が描かれているのも「天正時代」の
雰囲気がありますが、このお店は
「天婦羅処」なので、天ぷらの
「天」にかけた屋号なのかな?
道端に、さりげない雰囲気で残された「防火用水」の水槽を見つけてしゃがみこんで観察したり(笑)

防火水槽の少し先に、由緒ありそうな趣きのある建物が見えてきました。

重厚な雰囲気を感じました。

この建物は、国の登録有形文化財に指定されている「藤城家住宅」です。
街道に面した二階建ての「藤城家 住宅店舗」は、昭和11年(西暦1936年)築といわれる家屋で、1階のガラス戸や2階の格子戸など、昭和初期の商家の姿を伝えるものとして紹介されています。
引用:文化遺産オンライン「藤城家 住宅店舗」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/278320

「藤城家 住宅店舗」
また、「住宅店舗」のほか、敷地内の「内蔵・外蔵」も、それぞれ、登録有形文化財に指定されています。
これらの建物は、明治時代や昭和初期、いわゆる「近代」の建物ですので、江戸時代の宿場や街道の当時の姿ではありませんが、大名行列がなくなり鉄道の時代となっても、かつての宿場町が商業町へと姿を変えつつ賑わい続けた様子を伝えるものかも?と思いました。
引用:藤城家住宅「内蔵」について
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/230861

案内板の横に注意書きがあるとおり、この建物は、今も、個人の事業所や家屋として実際に使われていますので、内部は非公開です。
敷地内には入り込まずに、街道から建物を眺めましょう。
なお、文化財としての建物の名称は「旧 藤城(ふじしろ)家」ですが、街道沿いの建物に付けられた表札には、「ふじき商事」の名が記されていました。
さらに宿場町を散策しつつ進みます。

草履やサンダルの並ぶ履物店「伊勢屋」さん。
このお店を紹介する商店街のサイトを見ると、2011年の年号のあるサイトに「創業110年」と記されています。
素直に引き算をすると、1901年(明治34年)頃の創業、先ほどの「藤城家」の蔵と同じような時代から営まれているようです。
引用:草加中央銀座商店街「はきもの伊勢屋」
そして、このあたりの街道沿いには、かつての宿場町の町並みを連想させる、街道に面した間口(入口の幅)が狭く、背後の奥行きが長い建物、いわゆる「うなぎの寝床」型の家屋や商店が並びます。
これは、かつての宿場町では、街道に面した間口の幅によって、今の税金などにあたる負担を課せられることがあったためともいわれています。

青瓦の雰囲気も良く、街道の風情を感じる?
理髪店さんです。

奥のトタン倉庫は、かつては蔵があったのかな?
と想像が膨らみます。

「蔵カフェ」さん
引用:蔵カフェ「中屋」さん
150年前(明治初期?)の染料問屋の蔵を利用しているそうです。


曇り空の下、街道に限らず、各地の商店街(特に、昭和の懐かしさを感じる商店街)で目にする「すずらん」街灯の花が咲きました。

つづく。
(次なる謎の街道物件が映りこんでいるので、その話は次回に持ち越し)
