日光道中・奥州道中 その13「狛犬の 見つめる先を うろうろと(千住宿付近)」
かつては、柑橘類「カラタチ」の生垣があり「からたち寺」ともいわれた「長円寺(ちょうえんじ)」の門前に出ます。


門前の案内板によると、江戸時代の初期にあたる寛永四年(1627年頃)にひらかれたお寺とあります。
寛永四年は、千住の宿場町がつくられた寛永二年から二年後ですので、千住の宿場町がつくられた頃から今に至るまで、千住宿の歴史とともに続いたお寺のようです。

境内に立ち入ると、いくつもの石仏を目にします。


足元の三猿を見ると「さるさる塔」と呼びたくなります・・・(?)
貞享三年は西暦1686年頃、340年ほど前のものです。
足元両脇の鶏さんにもご注目を。
この散歩は4月の春の日で、青紅葉も見事でした。


台座に見え隠れする文字を読むと、弘法大師の像とのこと。
真言宗のお寺です。

境内をめぐっていると、絵馬が並ぶ祠を見つけました。


「め」の文字の絵馬、近眼や老眼にも効くのかしら・・・
長円寺から少しだけ歩き、長円寺に隣接する「氷川神社」へ。


この氷川神社の由来に関する案内板は見つけられませんでしたが、散歩関係の本によると、江戸時代の元禄年間、西暦1690年頃からの歴史を持つ神社とのことです。
この千住に限らず、「氷川神社」は、このあとの日光街道や中山道などでも多分また出てきます。
埼玉県「大宮」を中心に、「荒川」の流域に多く分布する神社としても知られているそうです。
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000670419.pdf

莫作尋常報賽揚???

「尋常」は「普通の」といった意味??
報 賽(サイコロ? 賽銭?) 揚
この意味は、とりあえず今の私には判読できませんでした・・・・。

雅楽で使われる笙や笛といった管楽器を納めた塚(古くなったり壊れたりしたものを祀るように奉納したのかしら???)であるという話があるようです。


千住の繁華街からは少し離れた、静かな境内の神社でした。
狛犬さんに見送られて道に戻ります。

ピンと伸びた尻尾と、鳥居の先を見つめるような姿勢が特徴的な狛犬さん。
狛犬さんも、鳥居の外の世界には何があるのか知りたくなることもあるのかしら???
この神社を出ると、日光街道はすぐ近くですが、あえて日光街道には出ずに、日光街道から枝分かれする「水戸街道」を少しだけ回り込んでみます。



「水戸街道」近くのお寺。
水戸街道は、この少し先で、明治時代から大正時代にかけてつくられた水路「荒川放水路(今の荒川)」に遮られます。
古くから街道沿いにあった町や家屋、寺社の中にも、荒川放水路の開削により移転を余儀なくされた所もありますが、このお寺は、ぎりぎりのところで移転をまぬがれて今に至るようです。
そして、少し歩いて、「荒川放水路」の河川敷に突き当たりました。

