日光道中・奥州道中 その14「伝馬 繪馬 隙間ないのは槍懸け団子(千住宿)」
裏の路地道から、日光道中の千住宿に戻ります。
このあたりは、千住宿の中でも北側に位置し、今の北千住駅からは商店街を抜けて多少歩くくらいの距離感です。

街道沿いの、由緒ある商家の趣きの建物が見えてきました。

かつての宿場町の重要な役割であった、幕府などの公的な旅人や荷物を、宿場から次の宿場へとリレー形式のように馬や人足を使って送り繋げる任務を担い、そのための馬を備えていた「伝馬(てんま)」の役割を果たしていた商家の家屋です。
案内板を見ると、「伝馬」が本業だったわけではなく、家業として紙の問屋を営みながら、伝馬の任務も果たしていたことが記されていました。
千住の宿場でも数少ない江戸時代につくられた家屋が残されており、区の文化財に指定されているそうです。

一般公開されていませんが、案内板から想像してみましょう



近年は、天候不良による中止で残念なイメージの花火にされてしまう年もありました
横山家住宅の近くに、もう一軒、由緒ありそうな家屋が見えます。

今は貴重な、「膨らみのある、昔のガラス戸」の前に案内板が設けられています。

宿場通りの商店街でも目にした、駄洒落的な言葉遊びのユーモアのある「地口行灯」や、千住絵馬と呼ばれる、泥絵具で描かれた絵馬を描く「際物(きわもの)問屋」を営む「吉田家」さんの店構えとあります。
千住絵馬についてのサイト。
絵馬の中でも、胡粉(牡蠣やホタテやハマグリなどの貝殻から作られる粉末状の白色絵具)や泥絵具(天然の土などから得られた絵具で、膠(にかわ、動物性の繊維)を加えて彩色に使う)といった伝統的な絵具を使って描かれているそうです。
「泥絵具」が説明されているサイト。
私もよく理解していないので参考までに引用しました。
そして、この案内板を読んでから、「繪馬」の看板を見ると、「絵馬」のことか!と気が付きました。
「檜→桧」とか「會津→会津」といった文字を思い浮かべると分かりやすい旧字体ですね。
そして、こちらにも、老舗の趣きを感じる暖簾が出ています。

「槍かけ団子」の「かどや」さんです。
こちらは、大名行列の槍が登場する江戸時代の創業というわけではなく、昭和の創業で、「槍かけ」の伝承のある近くのお寺に由来する名前らしいです(引用先参照)。

使用済みの「串」の回収箱
そして、ぶんぶく茶釜??
そんなことを考えつつ眺めていると

妙なところに感心しました(笑)
そして、街道から少し入った所には、残念ながら今は店じまいされたようですが、由緒ありそうな銭湯の建物も残されていました。


いずみ バクレス
梅の湯や
妙な五七五を並べてしまいましたが、こちら、少し検索してみると、「バクレス式 オゾン浴泉」という銭湯がかつて存在したらしく、もっともらしい肩書の人物や実験の名前が記された看板もあったらしく?
(詳細が不明なので、ここでは深入りしないでおきます。
どこかでまた見かけたら、それはそのときに掘り下げましょう)

千住宿の北側、現在の駅近くの商店街からは少し離れたところに残された、江戸時代から昭和にかけての、うつりゆく町並みの記憶を残す道沿いです。
