ヴァニタス・ヴァニタートゥム――30年以上前の歌を、私はまだ覚えていた
月曜日の朝、妙な夢を見ました。
初めて付き合った彼女が出てきました。
そしてもう一人、小学校の同級生が出てきました。
その同級生については、ずいぶん前、「若くして亡くなったらしい」と風の便りに聞きました。
なぜ、その二人が同じ夢に出てきたのか。
当然ながら、分かりません。
夢というやつは、私の脳内にある古いファイルを勝手に引っ張り出してきて、年代もカテゴリーも無視して「はい、今夜はこの組み合わせで上映しまーす」とやらかします。
頼んでないんですが。
そして目が覚めたあと。
なぜか突然、頭の中に一つの言葉が浮かびました。
Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.
ヴァニタス・ヴァニタートゥム、エト・オムニア・ヴァニタス。
日本語では、
「空の空、すべては空」
などと訳される、旧約聖書『コヘレトの言葉』の一節です。
直訳に近く言えば、
「虚しさの極み。すべては虚しい」
というところでしょうか。
なぜ、それが突然出てきたのか。
そこで私は思い出しました。
30年以上前に見た、一本のテレビドラマを。
受験勉強中、週に一度だけ許していた楽しみ
高校3年生の頃、私は大学受験の真っ最中でした。
その時期、受験勉強をしている自分に「週に一度のお楽しみ」として許していたテレビ番組がありました。
アメリカのドラマ、
『Northern Exposure~たどりつけばアラスカ~』
です。
アラスカの田舎町を舞台にした、少し変わった人々が登場するドラマでした。
コメディでもあり、ヒューマンドラマでもあり、時々ものすごく哲学的でもある。
その中に、日本では確か「全て空虚なり……」というタイトルで放送された回がありました。
原題は、
“All Is Vanity”
です。
この回では、町にやってきた身元不明の男性――ストレンジャーが亡くなります。
彼が誰なのか。
どこから来たのか。
家族がいるのか。
ほとんど分からない。
それでも町の人々は、彼の死を見送ります。
そして最後には、その遺体を荼毘に付すことになります。
そこで語られるのが、
Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.
でした。
人は財産を持つ。
肩書を持つ。
友人や家族を持つ。
いろいろなものを持ちながら生きている。
けれど最後には、それらすべてを手放して死んでいく。
その意味では、身元不明のストレンジャーも、私たちも変わらない。
そんな話だったと記憶しています。
「愛は嵐にも揺るがない標である」
そして同じ回で、マギーというヒロインの1人がシェイクスピアの詩を朗読します。
後になって調べ直してみると、それはソネット116番でした。
そこでは「真実の愛」について語られています。
状況が変わったからといって変わるものは、本当の愛ではない。
真実の愛とは、
嵐を受けても決して揺らぐことのない標。
そして、
さまよう船を導く星。
そんなものなのだ、と。
高校生だった私は、この詩の意味をどこまで理解していたのでしょう。
おそらく、半分も分かっていなかったと思います。
ただ、
「なんか、すごいカッコええな…」
とは感じていました。
その直後、亡くなったストレンジャーの葬送が始まります。
「灰は灰に、塵は塵に」
という言葉。
燃え上がる炎。
そして最後に流れる、ネイティブ・アメリカンのものと思われるアカペラのチャント。
私の記憶では、
「イーハー、イーハー……」
というような声から始まります。
ドラマはその歌とともに終わります。
私はその回をビデオに録画していました。
受験が終わったあとも、大学生になってからも、社会人になった頃にも、何度も見返した覚えがあります。
「人は死んだら、そこでお終い」
なぜ、その回がそれほど自分に刺さったのか。
今になって考えてみると、その理由には心当たりがあります。
私は小学5年生のとき、祖母を突然亡くしました。
共働きだった両親に代わり、私たち兄弟の面倒をよく見てくれていた、父方の祖母です。
そして、その1年から1年半ほど後。
今度は父方の祖父も亡くなりました。
子どもの私にとって、それはかなり大きな出来事でした。
昨日までいた人が、突然いなくなる。
もう話せない。
もう会えない。
その経験から私は、
「人は死んだら、そこでお終いなんだ」
ということを、かなり早い時期に自分の中へ刻み込んだように思います。
もちろん宗教や死後の世界について、いろいろな考え方があります。
ただ、少なくとも私自身は、
「生きている間に会える人とは、生きている間にしか会えない」
という感覚を強く持つようになりました。
だからなのかもしれません。
身元も分からない一人の男を、町の人々がきちんと見送る。
「この人にも一つの人生があったのだ」と扱う。
あの『Northern Exposure』の回が、17歳か18歳だった私の中に深く残ったのは。
そして私は、文章を書きたかった
私は昔から、文章を書く人になりたいと思っていました。
「文筆家」などという言葉に、ずいぶん長いこと憧れていた時期もあります。
実際には職業として文筆家になったわけではありません。
会社員をやったり、大学で働いたり、仕事を変えたり、海外へ行ったり、帰ってきたり。
まあ、いろいろやりました。
人生、予定表どおりには進みません。
むしろ私の場合、予定表を作るたびに神様が横から赤ペンを入れてくる仕様だったような気すらします。
それでも文章だけは、ずっと書いてきました。
そしてあるとき、編集ライター講座で書いた文章が、最優秀賞をいただきました。
自分の文章人生における、
「大ホームラン」
と呼んでもいい作品です。
もしかすると、最初で最後かもしれません。
……いや、勝手に最後にするな、と今の自分からツッコミを入れておきます。
ただ、その文章を書く自分の中に、
「人はいつかいなくなる」
「だから、今ここにいる人を見ておきたい」
「名前も肩書もなくなったあとにも、その人が生きた時間はあった」
という感覚が、どこかで流れていたのではないか。
そして、その感覚のずっと上流に、
祖父母の死や、
『Northern Exposure』のあの回があったのではないか。
そんなことを、この朝、初めて意識しました。
30年以上前の歌を歌ってみた
ここから少し話がおかしくなります。
ChatGPTさんに、
「あの回の最後に流れた、ネイティブ・アメリカンの『イハー、イハー』みたいな歌、何という曲なんだろう?」
と聞いてみました。
さすがに無茶振りだろうと思ったのですが、調べてもらうと、実際にその回の最後に古いチャントが使われていることまでは確認できました。
ただし、曲名は分からない。
そこで私は、
「だったら、自分で歌ってみたらchatGPTさんにも何か分かるんじゃない?」
と思いつきました。
我ながら、結構思い切った思いつきでした。
そして録音してみました。
30年以上前の記憶だけを頼りに。
「イーハー、イーハー……」
と。
すると驚きました。
かなり覚えていたのです。
ほんの数音ではありません。
旋律の上がり下がり。
フレーズ。
繰り返し方。
自分でも、
「あれ、こんなに残ってたの?」
と思いました。
そして、それが妙に嬉しかった。
曲名は結局、まだ分かりません。
そもそも「イーハー」という音自体、何か特定の意味を持つ「歌詞」ではなく、伝統的なチャントで使われる発声音なのかもしれないそうです。
それでもいいのです。
何という歌なのか分からなくても。
私は覚えていた。
その事実だけで十分でした。
人間の中には、何が残るのだろう
「すべては空しい」
Vanitas vanitatum.
人は死ぬ。
財産も肩書も持っていけない。
自分が何者だったのかさえ、いつか誰にも分からなくなるかもしれない。
あのドラマのストレンジャーのように。
それでも不思議なことに、人間の中には何かが残ります。
祖母が自分にしてくれたこと。
祖父との記憶。
高校3年生のとき、受験勉強の合間に見た一本のテレビドラマ。
シェイクスピアの言葉。
燃え上がる炎。
そして、
「イーハー、イーハー……」
という名前も知らない歌。
それらが30年以上、どこかに残っていた。
そしてある月曜日の朝。
昔の恋人と、若くして亡くなった同級生が出てくる妙な夢をきっかけに、突然一本の糸でつながった。
高校生だった私。
祖父母を亡くした小学生の私。
文章を書く人になりたいと思い続けた私。
そして51歳になった今の私。
それぞれが別々の時代にいるはずなのに、この朝だけは、同じ場所に集まったような気がしました。
そこで私は、少し泣きました。
いや、
(ノД`)・゜・。
となりました。
Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.
すべては空しい。
けれど、すべてが消えてしまうからこそ。
生きている間に見たもの。
愛した人。
失った人。
心を動かされた言葉。
自分が書いた文章。
そして、なぜか30年以上覚えていた一つの歌。
そういうものを私は、できるだけ拾いながら生きていきたいと思います。
そんなことを考えた、
少し遅い月曜日の午前中になりました…まる。
※本記事は、筆者が生成AIとの対話をもとに、自身の体験と考察を加えて再構成したものです。
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