介護は学び — 手放すということ
母のクローゼットを開けると、
きれいに並んだ服やバッグがまるで時を止めたまま。
オシャレな母は、人の三倍は衣装を持っていた。
季節ごとに色を合わせ、コーディネートを考え、
小物まで抜かりなく揃えている。
「今日はどれを着ようかな」と迷う姿まで想像できるほどだ。
レトロな服やバッグは、意外と価値がある。
少し時代を感じるものも、誰かが喜んでくれるかもしれない。
「もったいない」と思いながらも、整理を進める。
兄は「全部捨てたらいい」と言う。
その気持ちも分かる。シンプルに片づけたいのだろう。
だけど私は、捨てるだけでは済ませられないものがある。
使えるものは次の人に渡し、思い出として残すものはそっと仕舞う。
母のクローゼットには、私が以前あげたアクセサリーやバッグもある。
大切に使ってくれている姿を見るたび、
母との時間や関係の深さを改めて感じる。
手放すものと残すものの間で、
こうして私の想いも一緒に守られているのだと思うと、少し胸が温かくなる。
手を動かすたび、母の時間や想いに触れる。
そしてふと、自分の服も見直す。
今の自分にはもう似合わない服や、着る機会のない服もある。
母の整理を通して、私も少しずつ手放すことを学んでいく。
介護は、物の整理だけではなく、
生き方や時間の使い方を教えてくれる学びの時間だ。
母と自分の服を整理することは、
ただ物を減らす作業ではなく、気持ちの整理にもつながる。
そして、母のオシャレ魂を少しだけ受け継ぎながら、
退院したら一緒に新しい服を買いに行こう。
母も私も、今日を生きることを楽しむために。
