AIで事務職が余り、現場は人手不足になる──その人たちは本当に現場へ行くのか

AIによって仕事が変わる。

この話を調べていると、最近よく出てくる考え方があります。

AIによって事務作業などが効率化されれば、そこで働いていた人の労働力に余裕が生まれる。

一方、日本では建設、物流、製造、介護など、人手不足が深刻な分野がある。

ならば、AIによって生まれた余剰労働力を、人手不足の分野へ移していけばいい。

確かに数字だけを見れば、とても合理的です。

例えば事務職で100万人分の労働力が余る。

一方、現場では100万人足りない。

100万人を移せば、数字の上ではきれいに解決します。

でも、ふと思うのです。

その人たち、本当に現場へ行くのでしょうか。

人間は数字のように、右から左へ簡単に移動できません。

ここを考えないと、AIによって労働力が余っているのに、なぜか人手不足も続いている。

そんな不思議な社会になる可能性があります。

AIの影響を受けるのは「今働いている人」だけではない

AIによって事務職が減る。

そう聞くと、

「現在事務職として働いている人がAIに仕事を奪われる」

という姿を想像しやすいと思います。

ただ、日本企業では少し違った形で進む可能性もあります。

これまで10人でやっていた事務作業が、AIを使うことで7人でできるようになった。

だから明日から3人解雇します。

必ずしも、そうなるとは限りません。

誰かが定年退職する。

補充しない。

誰かが転職する。

補充しない。

新卒採用を少し減らす。

派遣社員や契約社員の採用人数を減らす。

事務補助の採用枠そのものを縮小する。

こうした形で、数年かけて必要人数を減らしていく方法もあります。

そうなるとAIの影響を受けるのは、

現在事務職として働いている人だけではありません。

これまでなら事務職として採用されていたはずの人。

これから労働市場へ入ってくる人にも影響します。

むしろこちらの方が、静かに大きな変化になるのかもしれません。

「事務補助」という大きな入口はどうなるのか

これまで企業には、さまざまな事務系の仕事がありました。

一般事務。

営業事務。

経理補助。

受付。

入力業務。

資料作成。

問い合わせ対応。

書類の照合。

もちろん、これらの仕事がすべてAIに置き換わるわけではありません。

人間が確認しなければならない仕事も残るでしょう。

顧客や社内との調整もあります。

しかし、AIが得意としている仕事と重なる部分が多いのも確かです。

文章を作る。

情報を検索する。

数字を集計する。

資料をまとめる。

データを照合する。

定型的な質問へ回答する。

仕事そのものが完全になくならなくても、

「10人必要だった仕事が7人でできる」

という変化は十分に考えられます。

そして事務職は、これまで多くの人にとって重要な就職先でもありました。

特に一般事務や事務補助などには、女性が多く働いてきたという日本の雇用構造もあります。

では、その入口が少しずつ狭くなった時、

これまでそこへ入っていた人たちは、どこへ行くのでしょうか。

ここが、AIによる労働力再配置を考える上でかなり重要な問題だと思います。

「若いなら現場へ行ける」は本当なのか

40代、50代までオフィスで働いてきた人へ、

「来月から現場で働いてください」

と言う。

難しいだろうな、と想像する人は多いと思います。

それなら若い人なら大丈夫なのでしょうか。

私は、ここも少し疑問があります。

例えば20代で事務職を選んだ人がいる。

その人は最初から、

オフィスで働きたい。

身体を使う仕事ではなく事務系の仕事をしたい。

夜勤のない仕事がいい。

危険を伴う仕事は避けたい。

土日を中心に休める仕事がいい。

そう考えて仕事を選んでいたのかもしれません。

そこで、

「AIによって事務職の需要が減りました。一方で物流現場では人が足りません」

と言われても、

「では物流現場へ行きます」

となるとは限りません。

これは能力の問題ではありません。

若い人なら身体的に対応できる仕事も多いでしょう。

女性だから現場で働けないという話でもありません。

問題は、

「働くことができる」と「その仕事を選ぶ」は違う

ということです。

女性の多い事務職と、人手不足職種の間にあるもの

ここは慎重に考える必要があります。

AIの影響を受けやすい事務・補助系の仕事には女性が多く働いています。

一方、人手不足が深刻になっている仕事には、

建設。

物流。

製造。

設備保守。

介護。

などがあります。

もちろん、こうした仕事でも多くの女性が働いています。

だから、

「女性には現場仕事ができない」

という話ではありません。

問題は別のところにあります。

これまで事務職を選んでいた人に、その現場が選ばれる労働環境になっているのか。

身体的な負担。

勤務時間。

夜勤。

勤務地。

安全性。

給与。

休暇。

育児との両立。

更衣室やトイレなどの設備。

将来のキャリア。

こうした条件がまったく違います。

単純に、

「こちらで女性の多い事務職が余る」

「こちらの現場では人が足りない」

だから、

「移ってもらえばいい」

とはなりません。

これは性別以前に、仕事と仕事の間に大きな条件差があるという問題なのだと思います。

人間には「辞める」という選択肢がある

さらに企業側から見ると、もっと厄介な問題があります。

AI導入によって事務職の仕事が減った。

そこで会社が、

「現場部門で人が足りないので、そちらへ異動してください」

と提案する。

会社から見れば合理的な配置転換です。

しかし社員には、会社側が忘れてはいけない選択肢があります。

会社を辞めることです。

例えばA社がAIを積極的に導入した。

事務職が余った。

現場への配置転換を進めた。

しかし本人は、

「私は事務職を続けたい」

と考えて退職する。

そして、まだ事務職を募集しているB社へ転職する。

こういう動きも当然起こり得ます。

そうなるとA社は、

「事務職の余剰人員を現場へ配置して、人手不足を解決する」

つもりだったのに、

実際には事務職が退職しただけ。

現場の人手不足はそのまま。

そんなこともあり得ます。

企業にとって人員配置は経営判断ですが、

働く側には職業選択があります。

人間は設備ではありません。

会社が必要な場所へ自由に移設できるわけではないのです。

事務職が余っているのに、現場では人手不足

すると、一見すると不思議な状態が起きる可能性があります。

社会全体では事務職が余っている。

それなのに現場では人が足りない。

普通に考えれば、

「余っている人が不足しているところへ移ればいいじゃないか」

となります。

しかし実際の人間は、そんなにきれいには動きません。

別の会社で事務職を探す人もいる。

接客や販売へ移る人もいる。

別の専門職を目指す人もいる。

非正規雇用を選ぶ人もいる。

一時的に労働市場から離れる人もいる。

もちろん現場職へ移る人もいるでしょう。

しかし全員ではありません。

すると、

労働力が余っているのに、人手不足も続く。

という状況が成立します。

矛盾しているように見えますが、これはおかしな話ではありません。

余っている仕事と、足りない仕事が違うだけです。

AIによって起きるのは、単純な失業問題というより、

職種と職種の間にあるミスマッチの拡大

なのかもしれません。

「リスキリングすればいい」で解決するのか

こういう話になると、

「だからリスキリングが必要なのだ」

という答えが出てきます。

もちろん、その通りだと思います。

新しい技能を学ぶ。

資格を取る。

AIを使えるようになる。

別の仕事に必要な知識を身につける。

これは重要です。

しかし、ここでも一つ問題があります。

リスキリングによって増えるのは、

「その仕事ができる可能性」

です。

「その仕事をやりたいか」

とは別の話です。

例えば研修を受けて、物流現場で働くための知識を身につけた。

仕事もできる。

しかし本人が、

「夜勤があるなら働きたくない」

と思えば移りません。

介護資格を取得した。

でも給与や勤務条件が希望と合わない。

それなら別の仕事を探すでしょう。

リスキリングは、

「できないから移れない」

という壁を下げることはできます。

しかし、

「その仕事を選びたくない」

という壁までは取り除けません。

人を現場へ合わせるのではなく、現場を人に合わせる

ではどうするのか。

ここで発想を逆にしてみる必要があるのではないでしょうか。

人手不足の現場がある。

だから余っている人を現場へ連れてくる。

これだけではなく、

これまで現場を選ばなかった人でも働ける現場を作る。

重量物を人間が持たなくてもいいようにする。

危険な作業を機械やロボットへ任せる。

夜間に必要だった仕事を自動化する。

現場で発生する大量の事務処理をAIに任せる。

勤務時間を柔軟にする。

設備を改善する。

現場作業と事務作業の中間にある仕事を作る。

ここでもAIや自動化が使えます。

これは少し面白い構図です。

最初は、

AIで事務職を効率化して、余った人を現場へ移す

という話でした。

しかし実際には、

AIやロボットによって現場側を変えて、これまで現場を選ばなかった人でも働けるようにする

ことの方が重要なのかもしれません。

人間を仕事へ無理やり合わせるのではなく、

仕事の方を人間に合わせていく。

AIによる労働力不足への対応は、こちらまで含めて考える必要があると思います。

問題は「何人余るか」ではなく、その間にある矢印

AI時代の労働力について、

「事務職が何万人余る」

「現場職が何万人不足する」

という数字を見ることがあります。

もちろん、その数字は重要です。

しかし私がもっと気になるのは、その二つの数字の間です。

事務職が余る。

現場職が不足している。

この「↓」は、本当に簡単につながるのでしょうか。

その間には、

技能があります。

給与があります。

勤務時間があります。

勤務地があります。

身体的な負担があります。

家庭があります。

本人の希望があります。

そして、それまで歩いてきたキャリアがあります。

この一つ一つを越えて初めて、人は別の仕事へ移ります。

だから、

AIによって労働力が余ることと、人手不足が解消することは別の問題です。

ここを一緒にしてしまうと、

「AIで生産性が上がれば、日本の人手不足も解決する」

という少し乱暴な話になってしまいます。

労働力は数字ではなく、人間である

AIによって事務作業が減る。

一方で、現場では人が足りない。

ならば人を移せばいい。

数字だけを見れば、とても簡単です。

しかし、その数字の「1」には一人の人間がいます。

それまでの職歴があります。

得意不得意があります。

生活があります。

家族があります。

希望する働き方があります。

そして、

自分の仕事を選ぶ意思があります。

だからAI時代の労働問題を、

「何人分の仕事がなくなるのか」

だけで考えても、答えは出ないのだと思います。

本当に考えなければならないのは、

「その人たちは次にどんな仕事を選ぶのか」

ということ。

そして企業側にも、

「人手不足の仕事を、人から選ばれる仕事へ変えられるのか」

という問いが返ってきます。

AIが労働力不足を自動的に解決してくれるわけではありません。

むしろAIによって労働市場の配置が大きく変わった時、

余った人をどこへ押し込むのかではなく、

人が実際に移動できる道を作れるのか。

そこまで考えて初めて、

「AIによって生まれた労働力を、人手不足の分野で生かす」

という話になるのではないでしょうか。

AI時代に難しいのは、仕事を効率化することよりも、

その結果として動くことになる人間をどうするのかなのかもしれません。

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