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morikoharu
「欠けている」と言われたあの日のこと
今朝、こんなポストをした。
どうにもぐるぐる思考が止まらない🥲
— 風花(園田みのり)|Webライター (@kazahana569) June 7, 2025
ChatGptに相談して、その時はスッキリするのに、またぐるぐる🌀
これも書いて浄化させるかな…。
いや、多分、本当は違う。
書いた後だ。
固く自分で閉じた扉。
錆び付いた扉は、どうにか少し開いた。
あとはそこをこじ開けて、外に出るだけ。
扉――昔、付き合っていた人に、こう言われたことがある。
「風花には頑丈な扉があるねんな。
で、その周りは茨だらけで。
やっと茨を掻き分けて、頑丈な扉をこじ開けたら
さらに奥に扉があるって感じやわ。」
心を開いているようで閉ざしている――
そんなふうに言われることは、昔からよくあった。
心に鍵がかかっているとか、壁があるとか。
よくある表現だし、それについて語られることも多い。
だから、この言葉も印象的ではあったけれど、
当時の私はそんなに気にしていなかった。
……でも、忘れられないのは、そのあとに別の人から言われた、ある一言だった。
その言葉は、ずっと私の中に引っかかっている。
動こうとすると、心のどこかでひっかかって、足が止まってしまう。
この記事では、その言葉にまつわる話と、
そこから30年近く経った今、息子を通して気づいたことを綴っています。
かなり個人的で、心の深い部分に触れているので――
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