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置き去りへの罪悪感 |退職前の苦悩

辞めるのを決めた際に、唯一の心残りがあった。
メンバーを、泥舟に置き去りにし、自分だけ抜け出す形になることに。
それでも、自分の人生に向き合う時だと思って、辞めることを決めた。

理想と現実

理想は、すっきり終わることだった。
辞めることを伝え、多少の動揺はあったものの、総じて皆、前向きに捉えて応援してくれた。それで自分もすっきりして、最終出社までゆるゆると引継ぎなどこなすつもりだった。

でも、予感はあったけど、それが当たった。

メンバーから次々と相談が届く。新体制で組織の士気が下がっている。新方針やマイクロマネジメントへの不満。辞めたいという声も複数から上がっている。とりあえず話を聞く。皆、残ったのが泥舟だったと気づき始めている。でも、私にはできることが限られている。辞める人間が変えられることはほとんどないし、そもそも、変えられない組織に嫌気がさしたことが、辞める後押しになっていたのだから。

割り切れない自分を発見

もともと自分は、割り切るタイプだと思っていた。感情より論理、執着より切り替え。そういう人間だと。

でも今、メンバーへの申し訳なさと罪悪感が消えない。ごめん、と思い続けている。その自分を、もう一人の自分が少し驚きながら見ている。

マネージャーになって、メンバーが大切になった。守りたいと思うようになった。いつの間にか、そういう自分になっていたのだと思う。割り切るだけだった自分に、新しい層が加わった。

それは変化だ。悪い変化ではない。でも今は、その変化が苦しみの重さになっている。

言えないライン

会社では層に従って情報開示の線引きがある。私が知り得ないこともごまんとあって、私が納得いかないことにも、おそらくはそれなりの事情や理由が往々にしてあって、組織はそうやって回っている。

送別会で同格のマネージャー同士ではぶっちゃけられたけれど、それは同じ景色を見ていた者同士だからできたことで、メンバーには言えないことも多い。口封じというよりも、言えば不安を煽るだけだからというのが大きい。だから本当の理由や本音は言えず、笑顔で話を聞く。

この断層を、マネージャーになるまで、私はよく理解していなかったのだと思う。人として誠実でありたいという思いと、それでも管理職として適切かの線引きと。もう辞めるしマネージャーでもなくなった今でもそのあたりに苦しさを感じる。

管理職は罰ゲームか


管理職は、たしかに辛い面がある。なりたくない人が増えているという。私もなりたかったわけではなかった。

それでも、やってみてわかった世界がある。そしていつの間にか、守りたい存在ができていた。その人たちのために頑張れた。自分1人では決してできないことが実現できた。それだけは、本当のことで、会社員としてだけでなく、私の人としての幅を少しは広げてくれた気がして、やってみてよかったかなとは今になって思う。でも長くやりたいものではなく、かじれてよかった経験のうちの1つ、くらいかな。

割り切れないまま

自分だけ辞めてよかったのか、とやっぱり今も思ってしまう面がある。割り切れないまま、最終出社までの日々を過ごしている。
↓で書いたように納得はしたつもりなんだけれど。

とりあえずできることはやって、できないことは切り離すしかない。早くすっきりしたいけれど、あと少し、頑張るしかないな。手応えはないものの、立つ鳥跡を濁さず、なるべく誠実に向き合いたい。
きっとこんな会社員らしい悩みも懐かしくなる日が来るはず。

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