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「え、なんか読み取れん。」でも美しいと思った日本手話 ―全コン「夏の集い」初参加の衝撃―

大学生のとき、
全日本ろう学生懇談会の「夏の集い」に参加した。

全国から、ろう学生が集まるイベントだ。

当時、手話を始めて4ヶ月。

日本語対応手話での会話は、ある程度できるようになっていた。
ろう学生の多い大学で、毎日手話を使っていたからだ。

少し自信もあった。

「夏の集い」に申し込むとき、
手話が分からない人のための情報保障は申し込まなかった。

大丈夫だろう、と思っていた。

でも、それは間違いだった。

会場に行ってみると、
実行委員やスタッフに日本手話ユーザーが多かった。

それだけでも少し驚いた。

そして、開会。

度肝を抜かれたのは、
実行委員長の挨拶だった。

壇上で、日本手話で挨拶を始めた。

流暢な日本手話。

正直に言うと、
何を言っているのか、ほとんど分からなかった。

「え、なんか読み取れん。」

頭の中でそう思った。

それでも、不思議な感覚があった。

きれいだな。

意味は分からないのに、
そう思った。

表情、動き、空間の使い方。
すべてが自然で、流れるようだった。

それまで自分が使っていた手話とは、
まるで違うものに見えた。

そして、もう一つ驚いたことがあった。

同年代のろう学生たちが、
日本手話で普通に会話している。

「え?同年代も日本手話使うの?」

色んな意味で衝撃だった。

それまで私は、
日本手話は「大人が使うもの」だと思っていた。

日本手話の存在は知っていた。
でも、地元で出会ったことはなかった。

動画で見たことはあったけれど、
出てくるのは大人ばかりだった。

同年代が日本手話を使っている姿は、
それまで一度も見たことがなかった。

今思えば、
まだSNSが今ほど発達していない時代だったことも
関係していたのかもしれない。

だからこそ、
「夏の集い」で見た光景は衝撃だった。

そのあと、思い切って
日本手話ユーザーのろう学生と話してみた。

もちろん、日本手話はほとんど分からない。

私は日本語対応手話。
相手は日本手話。

同じ手話でも、使い方が違う。

それでも、不思議と会話は続いた。

全部は分からない。
でも、伝わるところもある。

その体験は、とても新鮮だった。

そして思った。

もっと日本手話を知りたい。

意味が分からなくても、
あの流れるような手話を
もっと理解できるようになりたい。

ただ、そのときすぐに
日本手話を使えるようになったわけではない。

本格的に日本手話を意識するようになったのは、
大学3年くらいになってからだった。

きっかけは、やっぱり
全日本ろう学生懇談会の活動だった。

今振り返ると、
あの「夏の集い」は

日本手話の世界を初めて目の前で見た日だったのかもしれない。

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