ウサイン・ボルトも自分の影からは逃げきれない
ウサイン・ボルトって、ものすごく速いですよね。
でも、どれだけ速く走っても、自分の影から逃げることはできません。
人間にも、そんな「影」がある気がします。
弱さだったり、怖さだったり、過去だったり。
気にしすぎる。
考えすぎる。
人の言葉を重く受け止める。
一つのことにこだわりすぎる。
「こんな自分、嫌だな」
そう思うこともあります。
でも最近、ふと思いました。
それ、本当に全部消してしまっていいのだろうか。
「気にしすぎる」は、人の小さな変化に気づける感受性かもしれない。
「しつこい」は、向きを変えれば諦めない力になる。
「孤独だった経験」は、誰かの孤独に気づける力になるかもしれない。
欠点だと思っていたものが、使い方を変えた瞬間、武器になることがあります。
だから、
影を消すのではなく、影の使い方を知ればいい。
そして、もう一つ気づきました。
影ができるには、光と、自分自身の存在が必要です。
つまり、
影があるということは、光の中に自分が立っているということ。
死んだら、影さえ映らない。
そう考えると、
影は、生命の証拠なのかもしれません。
弱さも、怖さも、過去も、どうしてもついてくる自分の性質も。
すべて消さなくてもいい。
ウサイン・ボルトでも、自分の影からは逃げ切れない。
なら、僕たちも無理に逃げなくていい。
その影の中には、自分にしかない武器の種が埋まっているかもしれないから。
影があるのは、まだ光の中を歩いているから。
そう考えたら、自分の影も少しだけ愛せる気がします。
