『浅草の踊り子BeBe〜金ちゃんの紙芝居・青春編』第3回「姿見に映ったのは…」
埼玉・朝霞で生まれ育った田中利夫さん(1941年生まれ)が、実際に見聞きしたことを絵にした『金ちゃんの紙芝居』。
その新シリーズ、「青春篇 浅草の踊り子BeBe」の第3回。
【第2回までのあらすじ】
昭和32年7月15日。暑い日だった。
高校1年生の金ちゃんは、ひとり浅草を訪ねる。祖母が営む味噌醤油問屋へ、盆の挨拶のためだ。そこで祖母から、思わぬ用事を仰せつかる。
近所に住む雁首屋[※1]のおじさんの代わりに、仁丹塔[※2]裏の「第2ゑび寿荘」というアパートの一室に、封筒に入った“あるもの”を届けてくれ、というのだ。
“あるもの”が何なのかも、届け先が何者かも知らされず、おじさんの書いてくれた住所を頼りに、アパートに辿り着いた金ちゃん。
ドアを叩くが誰も出てこない。中からは、びちゃびちゃ、水の音。
しばらくして出てきたのは、タオル一枚を身をまとっただけの若い女性。そして言った。
「今、私、行水してた」

BeBeの部屋に招き入れられる
金ちゃん) 女性は言いました。
「あんまり暑いから行水していたの」
急いでタオルを巻きつけて出て来たらしく、肩から二の腕にかけて、水滴が光っています。
私は「届け物です。駒形[※3]の人形屋さんの…」と言って封筒を差し出した。
すると、それが何かすぐに分かったみたいで
「ありがとう!」
「それじゃあ」と、帰ろうとすると…
「待ってよ! もう一度、直してもらうかもしれないんだから、中でちょっと待っててよ」と言うんですね。
ドアの内側には畳、半畳分ぐらいの靴脱ぎ場があってね、そこで立って待っていました。
隣が流し台で、あたりがビチョビチョに濡れている。
「あんまり暑いから行水してたのよ」
暑いとは言え、流しで行水と言うのも大胆な話だが、前回も触れたように、朝霞のハニーさんたちもよくやっていたことだから、金ちゃんはさほど驚かなかなかったという。 それよりも、彼女の面ざしに強く惹かれたという。
金ちゃん) その顔は美形とは言えませんが、ちょっと日本人離れした、虫みたく愛嬌のある顔で、黒いショートヘアーが私には好ましく思えたんです。
━━━ なるほど。
金ちゃんの好みの女性の顔は“虫顔”!
この件は、別途、触れたいが、初対面のこの時、金ちゃんの印象に残ったのは、彼女の屈託の無さだった。
「あたし、ヌードさん」
金ちゃん) 「あたし、BeBe! カジノ座のヌードさん、ご贔屓に!」
って、とにかく明るくてね。
━━━ へぇ〜、少し話変わりますけど、始めて会った時に、向こうからBeBe と名乗ったんですね。
金ちゃん) そうです、そうです。「カジノ座の踊り子」と言ったか「ヌードさん」と言ったか、どっちかなんですよね、それはちょっとね…確かじゃないんですけど…
━━━ そりゃ、もう70年近く前のことですから…
金ちゃん ) ただ当時ね、「ヌードさん」っていう言い方は結構あったんですよね。
━━━ へぇ~、そうなんですか…
金ちゃん) あのう…なんだろう…関係者、要するに、お客の方からお姉さん方…ストリッパーを呼ぶ時に「ヌードさん」っていう言い方がね、多かった気がするんですよ。
━━━ そういえば、あるジャーナリストが書いた、ストリップに関する本も「ヌードさん」というタイトルでした。[※4]
金ちゃん) あぁ、そうですか。なんかねえ、世間は「ヌードさん」と呼んでたような記憶がしてね…ちょっとあやふやなんだけど…。
━━━ 大丈夫です。
姿見に映ったのは…
BeBeに誘われるまま、部屋に入った金ちゃんは、ドキドキの体験をすることになる。

━━━ どんな部屋だったんですか?
金ちゃん) 六畳ぐらいの板敷でね…
ただ、部屋の端から端、ロープが張ってあって、普通のお姉さんたちはとても着ないようないろんな・・・派手なドレスがいっぱい下がっている…
(朝霞のハニーさんもこんなふうだったな…同じだな)[※5] 、って、そんな感じで見てました。
すると、(なんか動いているな)と思ったらば…、吊られているドレスの向こう側…壁際に…大きな姿見、鏡があったんですね。
━━━ ええ…
金ちゃん) その鏡に、BeBeの動作が全部、まるまる映って見えたんです
━━━ あぁ…
金ちゃん) 要するに、私に見えないように洋服の陰に隠れているつもりだけど、姿見に全部、映っちゃってる。
━━━ あぁ…
金ちゃんが固唾をのんで見つめているのを知ってか知らずか、BeBeは巻きつけていたタオルを落とすと、一糸まとわぬ姿に。
そして、金ちゃんから受け取った封筒からキラキラ輝く小さな布を取り出すと、片足を上げて、それを通した。
そのときはわからなかったが、小さな布は、ストリッパーが「バタフライ」あるいは「ツンパ」「Gストリングス」などと呼ぶものであることを、金ちゃんは後に知る。
“最終的な衣装”の試着
金ちゃん) 要するに…何て言うかな、最終的な衣装ですよね。いちばん最後に…
━━━ なるほど
金ちゃん ) だから小さいんです。
(ああ、おじさんはこういうものを作ってる人なのかな)
と思ってね。
━━━ (笑)…それにしても、どうして雁首屋のおじさんが踊り子さんの衣装を?
金ちゃん) それはわからないんですけど、そのときBeBeがこう言ったの。
「今度はオッケー! おじさんに『オッケー』って言っといて」
━━━ それはどういう意味?
金ちゃん) 要するに試着だったの。どうして試着したかっていうと、これも後から聞いたんだけど、その前に作った時には、なんかちょっと大きかったらしいんです。
━━━ ああ…
金ちゃん) BeBeの注文より大きかったらしくて、「もう少し小さくしろ」って言われて、雁首屋のおじさんが直したものを私が届けたんですよね、うん・・・
━━━ なるほど…
お駄賃はニッケル硬貨 50玉2枚
金ちゃん) 「今度はこれでいいわ」って言うんで、私が帰ろうとしたら、
「ちょっと待ってて」って言って、真新しい50円のニッケル硬貨を2つ、「お駄賃だよ」ってくれたんです。[※6]
「いいんです」と固辞する私のおデコにBeBeの唇が触れた。わざわざチュッと音をさせたんです。
それからの毎日は、楽しくて嬉しくて悲しくて苦しかった!
BeBeのことが頭から離れたくなったんです!!
《 金ちゃんの紙芝居 青春篇 ~浅草の踊り子BeBe』 第4回に続く 》
[※1] 雁首屋:日本人形の頭部(=かしら)をつくる店。
[※2] 仁丹塔:当時、浅草にあった「仁丹」の広告塔。
[※3] 駒形:金ちゃんの祖母が営む味噌醤油問屋や雁首屋は、浅草・雷門からだと、隅田川に架かる吾妻橋を渡った先、隅田区の東駒形にあった。浅草は台東区。これを以て、「東駒形は浅草でない」ということもできないではないが、金ちゃんの祖母を始め、住人の意識は「自分たちは浅草っ子」だったという。
[※4] 橋本与志夫著『ヌードさん ストリップ黄金時代』筑摩書房 1995.4
[※5] (朝霞のハニーさんもこんなふうだったな…同じだな):いわゆるパンパンガール(金ちゃんはハニーさんとも呼ぶ)の中でも、特定の恋人がいる女性(=オンリーさん)は、当時の日本では、他に類を見ないような豊かな生活を送ることができた。恋人である米兵が買い与えてくれた洋服(=商売道具でもある)を部屋の中にロープを張り、吊るしていた。部屋の中に吊るすのは、盗難防止でもあった。洗濯後、外に干そうものならあっという間に盗まれてしまったという。
[※6] 50円のニッケル硬貨:『戦後値段史年表』(週刊朝日編)によると、昭和32年当時、牛乳瓶1本(180cc)が14円。そば(もりかけ・東京)が30年~35円。ガソリン1リットル(東京)が39円。ちなみにストリップ劇場(浅草ロック座 昭和35年)の入場料が120円だった。
