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横浜(神奈川)が大嫌い

唐突ではありますが、横浜が大嫌いです。
なぜ、横浜が大嫌いなのか?
今回はその理由を細かく、述べさせて下さい。
自分の中での、整理のためにも。

狭い線路を危ない走りの京急

北海道出身の自分が、初めて首都圏に来たのは17歳の時でした。
大学は、東京の大学に進学したい。
そんな思いもあり父の兄(叔父)が住む、神奈川は追浜に来ました。
札幌からはスカイメイトという、空席待ちの格安料金で羽田に着いた。
そして品川まで出て追浜に向かう、京急に乗った。
京急の電車に乗って驚いたのは、線路の両側に家が迫って建っている狭さ。
狭い路線のカーブを京急は、減速もせず走る。
電車といえば国鉄(当時)や市営地下鉄にしか乗ったことのない自分には、驚きだった。
車窓に家が迫ってくることと、家側の人も騒音が酷いだろうという思いで。

しょぼい街並みの追浜=「おいはま」でいいのに「おっぱま」?

追浜は横須賀市内なのに、駅前に地味な商店階が伸びているだけ。
叔父は父とは正反対の性格で、北海道から来た自分をもてなしてくれることはなかった。
食事と寝場所を与へるだけで、金沢八景とか横須賀市内とかには一切連れて行かない。
自分は1人で追浜から品川経由で都内に出て、都心を歩いてみることばかりしていた。
神奈川内は地味な追浜駅前しか知らず、近いのに海の風景の印象はなかった。

都心にある大学に入学して、最初に住んだのは新宿。
その後は、練馬区の江古田駅近くに住んだ。
叔父が、何らかのヘルプをしてくれる可能性は全くなく。
何となく横浜とは、遠い側を選んだような気がする。

横浜駅西口は、田舎の繁華街風

社会人になって、仕事で横浜方面と関わったのは2度。
1度目は請け負った仕事の立ち上げを、相鉄線の横浜市瀬谷区の瀬谷駅近くでした。
社会人になって15年近くで、その頃自分は既に埼玉は大宮の先に住んでいた。
受託した仕事を立ち上げて落ち着くまで、3ヶ月間ぐらい週に3日程度瀬谷に通う。
瀬谷は相鉄線なので、横浜駅西口で乗り換える。
瀬谷にはもちろん何もないし、横浜駅西口は田舎の繁華街という感じ。
21時の仕事終了後に、内容を検証すると22時過ぎる。
22時半近くになって瀬谷駅で電車に乗ると、行き着けるのは大宮まで。
なので大宮からは、毎回タクシーで自宅に帰ることになった。

日産ギャラリーを通って海方向へ歩く

2度目は瀬谷通いから更に15年程度経った頃。
横浜はみなとみらいの、高層ビル内の職場に管理者の立場で配属となった。大宮の先からみなとみらいに毎日通うわけだが、始業は8:30頃。
そのため毎日、6時頃家を出発することになった。
横浜でみなとみらい線に乗り換え、みなとみらい駅で降りビルに着く時間。横浜駅で東口を出、日産ギャラリーを通ってビルまで歩く時間。
むしろ歩く方が早く着くので、横浜駅からは歩いて通った。

港側以外はすぐに坂道だらけ

この職場である日1人のパートスタッフが、突然何の連絡もなく出勤してこなかった。
こちらから連絡しても、電話もメールにも応答がない。
可能性は低いが一人暮らしで体調が悪化し、助けが必要なこともありえなくない。
それで、本人の自宅を訪ねなければいけなくなった。
住所を見ると、横浜市内だが駅からバスで行かなくてはいけない場所。
横浜の住宅階は坂道が多く、嫌な予感がした。
バス出発駅からバスに乗るが、バスは狭い坂道をバス同士は譲り合いながら進む。

坂道を上から見ると眩暈がするぐらい

バス停を降り、目指す住所までは階段をたくさん登る。
嫌な予感通りになっちゃったと思いつつ、階段を登り本人自宅を訪ねる。
すると近くの畑に居た女性が、「ご用件は?」と尋ねてくる。
状況や用件を話すと、「妹は今朝から違う職場に行くと言い出かけた」との説明。
本人への伝言を頼み、職場に帰るバス停に引き返した。

自分の人生で、横浜(神奈川)との関わりはこれらの印象が強い。
それで自分に定着した感情は、横浜=田舎、狭い線路、坂道、バス=嫌い!!
そんな、訳です。

<今回の疑問>
用事や仕事がらみだけでなく、遊びや観光でも印象が悪いのはなぜ?
例)江の島や鎌倉とか、スタジアム関係もひたすら込み合い楽しくない。人)山坂ばかりの田舎者のくせに、何で「ジャン」とか言ってんの?
自分は北海道の港町生まれだから、親近感が強いはずなのに裏目?

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