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少年かずやん、カマドウマを飼う。そして便所で裏切られる

子どもの頃、私は虫が大好きだった。

バッタ、カマキリ、トンボ。

見つけたら、とりあえず捕まえる。

そして虫カゴに入れて、観察する。

今思えば、かなり健全な昆虫少年だった。

そんなある日、茶の間に見慣れない虫が現れた。

細長い脚。

大きな後ろ脚。

なんだかバッタっぽい。

私は当然、捕まえた。

「これは何というキリギリスなんだろう?」

図鑑を開いて調べてみる。

そして名前が判明した。

カマドウマ。

ほう。

なかなかカッコいい名前じゃないか。

私はそのカマドウマを虫カゴに入れて、しばらく飼っていた。

ところが、ある日。

事件が起きた。

私はトイレに行った。

そして、便所の中にいるカマドウマを発見した。

……。

…………。

お前、そこにいたのか。

その瞬間、私の中で何かが崩れた。

ついさっきまで、

「珍しいキリギリスの仲間だ!」

と大切に飼っていたのに。

便所にいるのを見た瞬間、

「便所の虫」

になった。

そして私は、

速攻で虫カゴから出して便所に捨てた。

🤪

今考えると、ものすごく理不尽である。

カマドウマからすれば、

「いや、最初から俺は俺だけど?」

という話だ。

茶の間にいたときもカマドウマ。

虫カゴにいたときもカマドウマ。

便所にいたときもカマドウマ。

何も変わっていない。

変わったのは、私の「見え方」だけだった。



モノの価値は、モノだけでは決まらない

これ、今になって考えると面白い。

マーケティングでは、商品の機能だけではなく、ブランドやイメージ、利用シーンなどが価値に影響する。

同じ商品でも、

「高級レストランで出される」のと、

「駅前の立ち食いで出される」のでは、

私たちの感じる価値は違う。

カマドウマも同じだった。

茶の間にいるカマドウマ。

「おお、珍しい虫だ!」

便所にいるカマドウマ。

「うわぁぁぁ!」

……生物としては同じなのに。

場所が変わっただけで評価が変わる。

人間の認知なんて、案外そんなものなのかもしれない。



「価値」は誰の中にあるのか

中小企業診断士の勉強をしていると、

「顧客価値」

という言葉が出てくる。

昔の私は、

「商品に価値があるから、お客さんが買う」

くらいに考えていた。

でも、カマドウマ事件を思い出すと、少し違って見える。

価値って、モノの中に最初から入っているものではない。

それを見る人が、どんな文脈で受け取るかによって変わる。

私にとって、

茶の間のカマドウマは「珍しい昆虫」。

便所のカマドウマは「恐怖」。

同じカマドウマなのに。

少年かずやんの中で、勝手にポジショニングが変わっていたのである。



そして、カマドウマは消えた

そういえば最近、カマドウマを見なくなった。

子どもの頃は、便所から突然、

ピョーン!

と飛び出してきた。

今なら絶叫すると思う。

でも、あれだけ嫌だったカマドウマを、最近は見ない。

水洗トイレ。

住宅の気密化。

生活環境の変化。

昔とは、虫を取り巻く環境そのものが変わった。

そう考えると、少しだけ寂しい。

子どもの頃には当たり前だったものが、いつの間にか消えている。



ただし、便所には戻ってこなくていい

カマドウマがいなくなったことに、少し寂しさを感じる53歳。

昔は虫カゴで飼っていたくせに、

便所にいると分かった瞬間、

即、捨てた53歳。

人間とは、なんと勝手な生き物なのだろう。

カマドウマよ。

もし今もどこかで生きているのなら、

私は君たちを応援している。

ただし……

便所には来なくていい。

🤪

こども中小企業診断士。

今日もカマドウマから、経営を学ぶ。

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