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最近、考え方が変わったこと(耳ビジnote部)

毎朝7時、お題が届く。

約100名のコミュニティである。中心にいるのはマダムたちだ。お題に合わせて、それぞれが文章を書いて投稿する。ただそれだけの場所だ。耳ビジnote部に入ったとき、私もそう思っていた。

母が急逝したとき、私はしばらく茫然自失となった。原稿は書けず、出版を2冊見送った。人にも会えず、時間だけが過ぎた。葬儀が終われば、世の中は何ごともなかったように動きはじめる。その速さが、堪えた。

それでも、いい歳をした大人がみっともない、と思った。だから気丈に振る舞った。平気な顔で仕事の話をし、笑ってみせた。心のなかでは「神様なんてこの世には存在しない」と思っていた。誰にも言わなかった。言えば慰められる。慰められるのが嫌だった。

気丈に振る舞うとは、要するに、自分の感情を他人の目から隠すことである。隠しているうちに、自分でも取り出し方がわからなくなる。私はそうなっていた。

ある朝、お題に合わせて書いていると、母の話になってしまった。消そうかと迷った。人様に読ませる話ではない。だが、コミュニティだからいいや、と半ば投げやりに投稿した。

返ってきたのは、同情ではなかった。メンバーはそれぞれの記憶を差し出してくれた。あなたもそうでしたか、と思える言葉が並んだ。悲しみは比べるものではない。だが、分けることはできる。そのことを、私は知った。

隠していた感情が、他人の言葉によって取り出された。神様がいるかは、いまもわからない。ただ、取り出してくれたのは神様ではなく、人だった。

救われた側の人間が、今度は支える側に回る。今日から1か月間、この場所を私が担当する。お題出しから、夜のまとめ記事の制作までである。これまで宮村麻未さんが、朝に問いを立て、夜には全員の文章を拾い集めることを、休まず続けてこられた。引き受けてはじめて、その重さがわかる。

私にできるのは、少しでも効率化し、マニュアル化することだと思っている。誰かの献身だけに頼る仕組みは、その人がいなくなれば終わってしまう。この場所は、続けていきたい。

ただそれだけのことが、私を救った。

今日も明日も、お題を出す。それが私に返せる、せめてものことである。


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