私の日本史は、伝記から始まった(耳ビジnote部)
子どもの頃、繰り返し読んだのは伝記だった。学校の図書室に並んだ薄い偉人伝を、片端から借りて読んだ記憶がある。
なかでも惹かれたのは日本史の人物だった。織田信長、徳川家康、坂本龍馬。1冊ずつ読み進めるうち、妙なことに気づいた。別々の本に出てくる人物が、どこかで必ずつながっているのだ。信長の伝記で家臣として登場した男が、次に読んだ本では主役になっている。ある人物の敵として描かれた者が、別の巻では悲劇の英雄として立ち上がる。
伝記は1人の生涯を軸に書かれる。だから読み手は、その人物の目線で時代を体験する。ところが視点の異なる伝記を何冊も重ねると、頭のなかで人物同士が線でつながり、いつのまにか時代の見取り図ができあがる。年表を暗記したわけではない。物語として覚えてしまったのだ。
そのうち、自分で問いを立てるようになった。小学生のとき、本能寺の変の黒幕は誰かを本気で考えたことがある。国を治めるほどの地位にある者が、重臣の謀反であっけなく倒れる。それが子ども心にどうしても信じられなかった。光秀1人の思いつきで天下人が死ぬだろうか。背後に誰かがいるはずだ。
私が出した答えは、朝廷黒幕説だった。光秀の出自、朝廷との距離の近さ、そして惟任日向守という官職。子ども向けの本には出てこない官職名まで調べていたのだから、我ながら妙な小学生である。正解かどうかはいまも誰にもわからない。だが伝記を何冊も重ねて読んでいなければ、そもそもこの問いは浮かばなかった。
この蓄積は、受験で効いた。日本史は常に高得点だった。教科書を開く前から、登場人物の顔と関係がわかっている。年号は覚えるものではなく、思い出すものだった。共通一次でも迷わず日本史を選択した。私が大学に合格できたのは、正直にいえば日本史と現代国語のおかげである。得意な2科目が、苦手科目の失点を補ってくれた。
だから子どもに本を勧めるなら、私はまず伝記がいいと思う。難しい本でなくていい。歴史上の誰か1人の人生を、最後まで追いかけてみればいい。
伝記には主人公がいる。生まれ、悩み、戦い、そして死ぬ。起伏のある1人分の人生が、そのまま物語になっている。だから最後まで読める。読み終えると、その人の周りにいた別の誰かが気になりはじめる。次の1冊はそこから始まる。点が線になり、やがて時代そのものが見えてくる。
私は勉強のために伝記を読んだのではない。面白いから人物を追いかけた。その結果として、日本史が頭に入っていた。順番はいつも、そちらだった。
読書は苦行ではない。誰かの人生を1冊のぞかせてもらうことである。子どもの頃に何人分の人生をのぞいたか。それはその後の学びの土台になる。少なくとも私にとっては、そうだった。
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