完璧は捨てて、やっぱり「適当・いいかげん」は良い加減と思う

起床後の習慣を変える試みを始めて59日目。

今朝は仕事の日。連日の睡眠不足の影響か、アラームの音が耳に届くまでの時間が早く感じます。ベッドから出て本を手に取り活字に目を落としますが、睡眠不足のわりには活字が頭に入ってくるまでの時間が短く感じました。

今日は仕事でイレギュラー対応があり、帰宅が遅くなり21時に仕事先を出て、日付が変わるまで約3時間。
「まだ3時間ある」と考えるか、「もう3時間しかない」と考えるか。
コップの水に例えられる、良く耳にするフレーズですが、捉え方ひとつで、気持ちは変わります。

仕事の疲労もあり、脳は楽なほうへと誘ってきます。お腹もすいたからご飯も食べたい、お風呂も入ってすっきりしたいけど、それをやっていると時間がなくなってしまう。快楽を優先するか、記事を書くか、葛藤です。
「ここまで良く続けてきたんだから、今日くらいは休んでもいいんじゃないか」
そんな囁きが聴こえる一方で、
「ここまで連続で継続しているから、今日も書いて次に繋げていこう」
とネガティブとポジティブの双方の両極端な声が、同時に聴こえてきます。

ここで「完璧なものを書こう」「特別なことを書こう」と考え始めると自然とハードルが上がります。
そうなると「今日は書かなくてもいいか」という方向に傾いていく。そんな構造が、なんとなく見えています。
脳は本能的に楽なほうへ流れる。がゆえに、あえて逆張りをします。本能にあらがってみるが、
そこは無理にねじ伏せるのではなく、うまく付き合うこと、手懐けることも大切。

特別なことを書こうとしない。
今この瞬間の葛藤を、そのまま書いてみる。
心の機微をそのままに。

それで良いと思いました。
結果として「今日も続ける」という選択をした。

私は、あまり物事を難しく考えすぎない方がいいと思っています。
気軽に、手軽に、適当に、ある意味では
「いいかげん」くらいがちょうどいい。 

やはり「いい加減は良い加減」と思う。

やらないよりは、やった方がいいかも。
どんな形であれ、少しでも、僅かでも積み重ねていくことに何かがあるのかなと。

結果はすぐに出ないかもしれないが、それでも、続けた先の延長線上に何かがあるかもしれない。

そんな期待を込めて、書いています。

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